独立行政法人国民生活センター

検索メニュー

×閉じる

現在の位置:トップページ > 相談事例・判例 > 消費者問題の判例集 > 事故から相当期間経過後に障害が発生した被害者に損害賠償請求権が認められた事例

ここから本文
[2019年1月:公表]

事故から相当期間経過後に障害が発生した被害者に損害賠償請求権が認められた事例

 本件は、鉄道会社が管理していた高架橋のブロック片の落下により頭部を受傷した乳幼児(以下、被害者)とその両親が、相当期間経過後に被害者に知的障害と高次脳機能障害等が発生したとして、事故から26年以上経過した後に、その鉄道会社の債務を承継した事業者に損害賠償を請求した事例である。

 裁判所は、被害者らの損害賠償請求権は時効消滅しておらず、除斥期間も経過していないと判断し、被害者らの損害賠償請求を認めた(認容額合計約1億6500万円)。

 乳幼児期の受傷を原因とする遅発損害、潜伏損害が発生した場合の消滅時効・除斥期間の考え方について、参考となる判決である。(東京地裁平成26年4月14日判決、『判例時報』2233号123ページ掲載)


事案の概要

原告:
X1(被害にあった当時1歳1カ月の乳幼児)、X2・X3(X1の両親)
被告:
Y(Aの債務を承継した事業者)
関係者:
A(鉄道会社)

1.1983年6月24日、Aが管理していた高架橋の防護壁からコンクリートブロック片が崩れ落ち、乳母車に乗っていた乳幼児X1(当時生後1年1カ月)の頭部に落下した。この事故によって、X1は頭部外傷および脳挫傷の傷害を負った(本件事故)。1984年12月11日、X1の代理人弁護士とAの間で、「Aが治療費を全額負担し、別に損害賠償金450万円を支払い、将来後遺症が発症した場合にはその損害を賠償する義務があることを認める」等を内容とする示談が成立した。

2.その後、X1は幼稚園に入園し、就学時健診で精神遅滞を指摘され、障害児学級への進学を勧められたものの区立小学校の普通学級に入学した。小学4年生からは障害者支援施設へも通い始めた。そして区立中学校に進学し、卒業時の進路面談で養護学校への入学を勧められたが都立高校定時制普通科に入学し、卒業後、ビジネス専門学校を通常より3カ月遅れて卒業した。2006年1月には障害の程度4度の認定および知的障害者手帳の交付を受け、ハローワークから紹介された障害者福祉に関する団体に登録後、2007年からアルバイト勤務をしたが、2009年にトラブルを理由に解雇されるなどした。同年5月12日、脳挫傷および高次脳機能障害との診断を受け、同年6月には医師から中程度の知的障害、自閉症および高次脳機能障害があり、その障害は自動車損害賠償保障法施行令別表2第5級2号相当と判定された。2011年5月には保佐開始決定を受け、X3(X1の母)が保佐人となった。同年9月20日、本件事故による脳挫傷と同じ部位に脳出血を発症して開頭手術を受けたが、右上肢機能全廃および右下肢に著しい運動機能障害が生じ、2012年1月19日に居住する自治体から身体障害者2級の認定を受け、身体障害者手帳を交付された。

3.X1とその両親のX2・X3は、2009年8月、Aの債務を引き継いだYに対し、本件事故による後遺障害等の損害賠償の訴えを提起した。これに対してYは、(1)就学時健診で精神遅滞を指摘された時点(1988年秋頃)、障害者支援施設に通い始めた時点(1992年5月頃)、精神障害の程度が4度である旨の認定を受けた時点(2006年1月25日)のいずれかでX1の後遺障害の発生が認識され、それから3年が経過したから損害賠償請求権は時効消滅した、仮にそうでないとしても、(2)遅くとも1989年3月頃にはX1の後遺障害が顕在化し、本訴提起時までに後遺障害の一部が生じてから20年を経過したことによって除斥期間*1が経過していると主張した。

  • *1 一定期間権利を行使しないことにより、その権利を失うことになる期間。中断がない等の点で時効とは異なる。

理由

1.消滅時効について

 民法724条*2前段にいう「損害を知った」とは、不法行為の被害者が、損害の発生だけでなく、発生した損害が不法行為により生じたものであることも含めて認識することをいうものと解される。不法行為に基づく損害賠償請求権が同条前段所定の期間の経過によって消滅したものとされ、その行使が不可能となることに鑑みると、時効期間の進行が認められるためには、被害者がその請求権を行使することができる程度に具体的な認識が必要である。現在生じている損害の原因の1つとして過去に行われた事実・行為が考えられるという程度の抽象的なものでは足りず、損害と不法行為との間の因果関係について具体的に認識することを要すると解すべきである。

 本件では、X1の成育歴や成長の過程とその状況、病院での医師等の診断助言の内容、両親のX1の養育過程の状況やその内容、両親のX1の成育過程の認識にかかる認定事実からすると、Xらのいずれにおいても、2009年5月12日以前に、本件事故により知的障害等の後遺障害が発生していることを認識していたものと認めることは困難である。よって、その余の点について判断するまでもなく、Yの消滅時効の主張には理由がない。

2.除斥期間について

 X1に生じた精神障害は、知的障害、自閉性障害および高次脳機能障害の3つがあるところ、本件事故時にX1が1歳1カ月であり身体精神ともに発達未熟な状態にあったことからすれば、本件事故の影響がX1に現れるためには、X1の心身の成長を待つ必要があり、相当の期間を要するものと考えられる。損害の性質上加害行為が終了してから相当期間経過後に損害が生じる場合として、その損害の全部または一部が発症したときが除斥期間の起算点となると考えられるべきである。そして、X1の精神障害が発症したというためには、実際に診断される必要はないものの、その症状が上記障害を診断することができる程度に外形的に明らかになることを要するものと考えられるべきである。

 X1に生じた精神障害は、いずれも本件訴えの提起から20年前に当たる1989年8月以前に発症したということはできず、X1が精神障害を発症してから本件訴えが提起されるまで20年を経過しているとはいえないから、除斥期間にかかるYの主張には理由がない。

3.X1には約1億5900万円の損害と遅延損害金、X2・X3に対しては各330万円の損害(固有の慰謝料等)と遅延損害金が認められる。

  • *2 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

解説

1.本判決は、乳幼児期に本件事故によって頭部を受傷した被害者とその両親が、本件事故から26年後に損害賠償を請求した事例である。被害者は、成長する過程で、精神遅滞の指摘を受けたが、2009年5月に脳挫傷および高次脳機能障害の診断を受けるなどし、本件訴訟提訴後である2011年9月に本件事故によって生じた脳挫傷と同じ部位に脳出血を発症し、身体障害者2級の認定を受けている。民法724条前段の消滅時効、また、同条後段の除斥期間による損害賠償請求権の消滅が争われた。

 本判決は、民法724条前段の「損害を知った」とは、「本件不法行為が現在生じている損害の原因の1つであると考えられるといった抽象的なものでは足りず、損害と不法行為との間の因果関係について具体的に認識することが必要だ」として消滅時効期間は経過していないとした。また、同条後段の除斥期間についても「心身が成長して現れるXの精神損害の性質上加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害の全部又は一部が発症した時が除斥期間の起算点になる」としてYらの主張をいずれも排斥した。乳幼児期に受けた受傷による遅発損害、潜伏損害について、頭部外傷による精神損害発生の蓋然(がいぜん)性や因果関係に専門的知見を要する特殊性を考慮に入れて消滅時効・除斥期間の判断をした事例として参考になる。

2.不法行為における消滅時効の起算点について、最高裁昭和48年11月16日判決(参考判例[1])は、民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」とは、「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時である」としており、損害賠償請求権の行使が合理的に期待できるかという考慮を可能としている。起算点の判断の先例となっており、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点について、事案に沿った妥当な解決を導くものとなっている。本判決もこの最高裁判決に則したものである。

3.不法行為の除斥期間の起算点については、筑豊塵(じん)肺訴訟の最高裁平成16年4月27日判決(参考判例[4])が、健康被害が遅れて現れる遅発損害、潜伏損害について、「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点になる」としている。本判決も、同様の考え方により除斥期間の経過を否定したものである。

参考判例

消滅時効期間の起算点について

  1. [1]最高裁昭和48年11月16日判決(民集27巻10号1374ページ)
  2. [2]最高裁平成14年1月29日判決(民集56巻1号218ページ)
  3. [3]最高裁平成23年4月22日判決(『判例時報』2116号61ページ)

除斥期間の起算点について

  1. [4]最高裁平成16年4月27日判決(『判例時報』1860号34ページ)塵肺被害。遅発損害、潜伏損害については、損害発生時とした。
  2. [5]東京地裁平成17年5月27日判決(『判例時報』1917号70ページ)出生児の取り違え。除斥期間の起算点を取り違え時点とした。