[本文へ] 消費生活・消費者問題に関する事例や対処方法を紹介しています。

現在の位置 : トップページ > 相談事例・判例 > 消費者問題の判例集 > トリミングで飼い猫の尻尾の一部を切断した事業者とトリマーの責任

[2018年5月:公表]

トリミングで飼い猫の尻尾の一部を切断した事業者とトリマーの責任

 本件は、トリミング事業者の従業員の過失によって、飼い猫の尻尾の一部を切断された消費者が、トリミング事業者らに対して、慰謝料等の支払いを求めた事例である。

 裁判所は、猫の財産的価値は否定したものの、トリミング事業者と従業員であるトリマーの責任を認め、猫の治療費、治療のために飼い主がバスで猫を運んだ交通費、慰謝料等の支払いを命じた。

 ペットの医療過誤における損害賠償の範囲を示した点で参考になる判決である。(東京地裁平成24年7月26日判決、LEX/DB掲載)


事案の概要

原告:
X1〜4(消費者・猫の飼い主4名)
被告:
Y1(トリミング事業者)、
Y2(Y1の従業員であるトリマー)

 Xらは、2001年12月にX2が知人から購入した猫(以下、A)を、大切に育ててきた。X1は、予約をしたうえ、2011年4月20日、ペットの美容業やペット専用ホテル業等を主な事業とするY1のα店を訪れ、Aのトリミングを依頼した。Aのトリミングに着手したY2は、背中からバリカンをかけ始め、脇腹までかけた辺りで、ある程度の毛玉を切って視野を良くしようとハサミを入れていたところ、誤ってAの尻尾の一部約5cmを切断した(Aは事故当時9歳7カ月)。

 Aは、本件事故直後にβ病院に運ばれ、診察を受けたが、その時、尻尾の切断部分は尾骨が露出しており、出血していた。担当の獣医師は、尾の皮膚を切開し、骨を露出させ、関節1個分の骨を切断し、皮膚を縫合する手術を施した。Aが2011年6月10日まで通院治療を受けたところ、傷はふさがり、後遺症は見られない。

 Xらは、Aに対する所有権を侵害したとして、Y1に対しては民法715条(使用者責任)、Y2に対しては同法709条(不法行為)に基づき、以下(1)〜(3)の内容の損害賠償請求をした。

  1. (1)Xら全員の損害として、[1]Aの未払治療費520円(それ以外6,540円の治療費は賠償済のようである)、[2]Aの通院についての損害((a)X1がバスでAの送り迎えをした通院交通費合計8,400円、(b)Aが尻尾に傷害を負ったことにより、食欲がなくなり痩せて体調を崩したため行われたAの健康診断の費用1万500円、(c)本件通院期間中の経過報告書の作成費用3,150円)、[3]A自体の財産的損害5万円(容姿を損なっただけでなく、以前のように軽快に走ったり、動き回ったりすることがなくなり、人や物音を異常に警戒するようになった)。
  2. (2)X1特有の損害として、[1]X1が精神的に大きなショックを受け、Aの通院や介護のために肉体的、精神的に疲労し、体調不良に見舞われ、通院を余儀なくされた治療費および薬代合計6,540円、[2]社交ダンスの講師をしているX1が、Aの通院や介護、これによる体調不良によりレッスンの中止を余儀なくされた休業損害合計12万6,000円。
  3. (3)Xら各自に10万円の慰謝料。

 合計として、X1以外は1人につき11万8,142円(10万円+(1)の4分の1)、X1は25万682円(10万円+(1)の4分の1+(2))を損害として主張した。X1とX2は夫婦(X1は妻)、X3とX4はその子のようであるが明確ではない。



理由

1.責任原因

 Y1は、X1からXら共有の飼い猫Aのトリミングを請け負い、これを預ったのであるから、Aのトリミングを実施するに際しては、契約上の相手方であるX1に対してはもちろん、その相手方ではないAの共有者であるその余のXらに対しても、信義則上、Aの安全に配慮し、これを傷つけることのないようにトリミングを行うべき注意義務を負っている。しかし、これに違反して、Y1の従業員であるY2は、誤ってAの尻尾の一部をハサミで切断してしまい、Xらの所有物を毀損(きそん)したことが認められる。よって、Y2の使用者であるY1は民法715条1項に基づき、Xらに対し、これによる損害を賠償すべき義務を負う。また、Y2は、本件不法行為により生じたXらの損害について、民法709条に基づき、損害賠償責任を負う。

2.Xらの財産損害((1)について)

  1. [1]未払治療費520円が本件不法行為と相当因果関係のある損害といえることは明らかである。
  2. [2](a)本件通院期間に係る通院交通費8,400円もXら支出の通院費であると認められる。
    (b)Aの健康診断料1万500円は、同検査が行われた時期が本件通院期間中であることや、同検査が前記原因とは異なる原因によるものであることをうかがわせる証拠はないことから、本件不法行為と相当因果関係のある損害であると認められる。
    (c)経過報告書の作成費用3,150円も、必要性がありその額も相当な額であり本件不法行為と相当因果関係のある損害であると認められる。
  3. [3]A自体の財産的損害については、Aは9歳7カ月と高齢であり、財産的価値を算出することは困難であり、慰謝料の中に含めて填補(てんぽ)されるのが相当である。

3.X1の固有損害((2)について)

 X1は、[1]本件事故により体調を崩したためにその治療のための費用を支出したことや、[2]仕事を休業した損害については、本件不法行為から通常生じる損害とはいえず、慰謝料の算定の中において考慮するのが相当である。

4.Xらの慰謝料((3)について)

 ペットは法的には「物」として処理されることになるが、生命のない動産とは異なり、生命を持ちながら自らの意思を持って行動し、飼い主との間には種々の行動やコミュニケーションを通じて互いに愛情を持ち合い、それを育む関係が生まれるのであるから、その意味では人と人との関係に近い関係が期待されるものである。ただし、Aの傷害は尻尾の一部(約5cm)を切断したにとどまり、現在は傷も癒えている。Aとの間でXらが本件事故前と同じような関係を回復することは容易でないとしても、再び以前と同じような良好な関係を築けないとは断定できないこと、Aは本件事故当時、9歳7カ月と高齢であり、平均余命からみると、今後さほど長い期間生命を維持することは一般的に困難とみられること等を総合考慮すれば、Xら全員分として10万円であると認められる。X1の精神的・肉体的苦痛はより大きかったことなどから、X1の慰謝料額は4万円、その余のXらは各2万円であると認めるのが相当である。

5.結論

 X1の損害額は4万5,642円、その余のXらの損害額は、各2万5,642円となる。それを超える部分は失当であるから棄却する。



解説

 ペットの医療過誤については参考判例[1]〜[6]があるが、トリミング事業者の責任が問題とされたのは、本判決と大阪高裁平成29年8月30日判決、LEX/DB掲載(ウサギを獣医師が押さえつけトリマーが爪を切っていて背骨を骨折させた事例で、請求を棄却した1審判決を覆し15万円の賠償が命じられている)があるだけである。

1.慰謝料

 ペットを死亡させた場合、財産権侵害であるが慰謝料請求が認められる点は、判例・学説上異論がないところであるが、繁殖用の猫については慰謝料請求が否定されている(参考判例[1])。金額も次第に高騰しており、参考判例[2]は夫婦それぞれに15万円、同[3]は20万円、同[4]は夫婦それぞれに35万円が認められている。本判決は、死亡ではなく傷害の事例であり、その意味でも先例のない新たな判決である。また、飼い主が複数いると合計額がかなりの金額になってしまうが、本件では4人の共有と認めつつ慰謝料を全体で10万円とし、それを共有者間で割りつけた点も興味深い。

2.財産権侵害

 財産権侵害の場合、滅失では財産の価値が填補され、修理が可能な場合には修理費用が賠償される。財産価値に比べて不相当に修理費用がかかる場合には、いわゆる経済的全損として修理費用の賠償は認めずその価値の賠償だけになる。しかし、この点で、ペットはまったく異なる。財産的に無価値のペットに治療費をかけてもその費用の賠償が認められるべきである。

 本判決もそうであるが、価格の賠償については、高齢であり価値がないとして否定されるのが普通である。例えば、参考判例[4]は、15歳の老犬であり客観的な価値はないとし、また、新たな犬の購入費40万円の請求を否定した。例外として参考判例[5]は、優秀な血統を持つアメリカンショートヘアーということで財産価値50万円の賠償が認められている。まだ繁殖能力がある年齢の場合でも、参考判例[6]は、飼い主は繁殖の意思はなかったとして、繁殖による逸失利益の賠償請求を退けている。

3.飼い主のその他の財産損害

 本判決は、通院交通費などの賠償を認め、飼い主が体調不調になり自ら通院した治療費や休業損害は認めなかった点で、注目される。休業損害については、間接損害であり親族の事例でも否定されるのでやむを得ない。参考判例[7]では、供養料埋葬手数料600円の賠償も認容されている。参考判例[3]は、入院中の付き添いのためのホテル宿泊代は相当因果関係が否定されたが、見舞いのための交通費は賠償が認められている。



参考判例

  1. [1]大阪地裁平成9年1月13日判決(『判例タイムズ』942号148ページ)
  2. [2]名古屋高裁金沢支部平成17年5月30日判決(『判例タイムズ』1217号294ページ)
  3. [3]横浜地裁平成18年6月15日判決(『判例タイムズ』1254号216ページ)
  4. [4]東京高裁平成19年9月27日判決(『判例時報』1990号21ページ)
  5. [5]宇都宮地裁平成14年3月28日判決(裁判所ウェブサイト)
  6. [6]東京地裁平成16年5月10日判決(『判例タイムズ』1156号110ページ)
  7. *以上獣医の責任肯定例、以下は獣医過誤以外の事例(死亡事例)
  8. [7]東京地裁昭和36年2月1日、LEX/DB掲載


消費者問題の判例集トップページへ

ページトップへ