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[2017年8月:公表]

学習塾の書面交付義務とクーリング・オフ

 本件は、娘に学習塾の授業を受けさせる契約を締結した消費者が、特定商取引法(特商法)で定められた書面の交付がなかったことを理由に、学習塾に対してクーリング・オフを主張して、未返還分の入会金、授業料等の返還を求めた事例である。それに対して学習塾側は、消費者の請求は信義則違反および権利の濫(らん)用であると主張して争った。

 裁判所は、特商法が書面交付義務を定めた趣旨を述べたうえで、消費者の主張は、信義則違反および権利の濫用に該当しないとしてクーリング・オフを有効と認めた。

 特定継続的役務提供契約における書面交付義務について、参考になる判決である。(東京地裁平成26年11月21日判決〈確定〉、LEX/DB)


事案の概要

原告:
X(消費者・Aの母親)
被告:
Y(学習塾)
関係者:
A(Xの娘、受講時中学3年生)

 Xは、学習塾を経営するYとの間で、2013年3月5日、4月から中学3年生になる娘Aに高校進学のための授業を受けさせることを内容とする契約を締結し、同年5月14日、入会金・授業料・教材費・教室等施設利用費として、合計約77万円を支払った。YはXに対して本件契約における特商法42条2項所定の契約内容を明らかにする書面を交付していない。Aは同年4月から8月までYで授業を受けたが、その後、同年10月16日にXはYに対して特商法48条1項に基づいて本件契約をクーリング・オフする旨の書面を送り、21日にYに到達した。YはXに対して約24万円を返還したが、残りの約53万円は返還しなかった。

 そこで、Xは、Yから特商法42条2項所定の書面を受け取っていないから、クーリング・オフ期間は進行していない等として、本件訴訟を提起した。

 一方でYは、特商法42条2項所定の書面は渡していないが「入会のしおり」を交付し塾の指導方針・授業料の支払方法・退会の規定等を説明したうえで契約していること、Aは同年4月から8月までクレームを述べることなくYで授業を受けていることから、クーリング・オフにより授業料全額の返還を求める行為は信義則違反または権利の濫用に当たり許されないと主張して争った。



理由

書面交付義務について

 本件契約は、特商法41条1項にいう「特定継続的役務提供契約」に当たると認められる。したがって、Yは特商法42条2項の規定により、本件契約を締結したときは、遅滞なく、クーリング・オフ(特商法48条1項)、中途解約権(特商法49条1項)等の権利の内容を含め、本件契約の内容を明らかにする書面をXに交付しなければならない。特商法48条1項、7項の規定により、上記の書面を受領した日から8日を経過するまでは、Xは無条件で本件契約の解除(クーリング・オフ)をして、Yが本件契約に基づいて受領した全額の返還を求めることができる。

 なお、「入会のしおり」には、「中途退会でのご返金は致しかねます」との記載があるが、特商法48条1項、49条1項の各規定による権利の行使をすることができないとの誤解を与える内容となっているから、その交付をもって、42条2項書面の交付があったと認めることはできない。

信義則違反等の主張について

 特商法は、消費者が契約の内容を十分に理解しないまま契約をするおそれのある一定の契約類型について、事業者に対して書面交付義務を課すことにより、契約内容及び契約締結過程の適正を確保している。それとともに、消費者にクーリング・オフ等の権利を付与することにより、契約内容を冷静に検討し、契約を維持するか熟慮する機会を与えている。事業者の書面交付義務が遵(じゅん)守されない間は、消費者の無条件での契約解除を可能とし、契約解除があった場合には、既に契約に基づき役務提供が行われた場合であってもその対価の支払いを求めることはできないものとしている。このことを考慮すると、Yの主張のような事情があることをもって、Xの請求が信義則違反又は権利の濫用に当たるということはできない。



解説

 特商法は、1.訪問販売、2.電話勧誘販売、3.特定継続的役務提供、4.業務提供誘引販売取引、5.訪問購入、6.通信販売、7.ネガティブ・オプション(いわゆる送り付け商法)、8.連鎖販売取引を規制の対象とする法律である。クーリング・オフ制度などを定め、消費者の保護を図っている。

 今回の事例で問題となっている特定継続的役務提供*について、特商法は、(1)消費者は契約を解除することができる(2)ただし同法42条2項の書面を受領した日から8日を経過した場合には解除できなくなる、と定めている(以上がクーリング・オフ制度についての定めである)。42条2項の書面とは契約を締結したときに遅滞なく消費者に対して交付すべきとされている「契約の内容を明らかにした書面」であり、記載事項等について詳細に定めている。さらに消費者が本件解除をした場合には、事業者は提供済みの役務の対価、その他の金銭の支払いを請求することができず(特商法48条6項)、消費者から契約に関連した金銭を受領しているときは速やかにこれを返還しなければならない、と定めている(特商法48条7項)。

 以上の同法の定めから42条2項の書面を受領していない場合には消費者には契約の解除をする権利があり、契約に基づいて役務の提供を受けていた場合も同様であること、その場合には事業者は契約に関して受領した金銭全額を速やかに返還すべき義務を負うこと、提供済みの役務の対価その他の金銭の請求は一切認められないことは明らかである。

 本件事件は学習塾が特定継続的役務提供契約の締結に際し契約内容を明らかにする書面を交付しなかったケースについて、消費者が6カ月間役務の提供を受けたうえでクーリング・オフをした事例である。事業者が信義則違反または権利の濫用に当たると主張して争ったのに対して、上記の制度の趣旨は契約の内容を書面によって開示することによって熟慮期間の保障をしたものであるとして有効とした。上記の法律の制度趣旨からして当然の判断である。

 特定継続的役務提供についての消費生活相談では、消費者が役務の提供を受けたのちにクーリング・オフをした場合に、事業者から役務利用後は中途解約しか認めないなどと争ってくるケースもある。しかし、特商法42条2項所定の書面の交付がない場合には消費者が役務を利用していたとしても原則としてクーリング・オフができるのは当然である。書面不交付や不備の場合のクーリング・オフについては多数の判決があるが、本件は特定継続的役務提供に関する裁判例として参考になる。

 ただし、消費者側にクーリング・オフ行使が社会通念上認められない特殊な事情がある場合には(この点は事業者側に証明責任がある)、信義則違反または権利の濫用に当たる場合もあり得る。

 なお、特定継続的役務提供では契約締結前に取引の概要について記載した書面を交付すべき義務がある(特商法42条1項のいわゆる概要書面)。契約締結前に概要書面を交付していたとしても契約締結後の書面交付がない場合にはクーリング・オフ期間の起算日が到来しないことになり、8日を経過してもクーリング・オフをすることができるのは当然である。本件で契約の説明の際に示したという「入会のしおり」は中途解約清算を否定する内容であった点でも同法違反であるが、仮に内容が法律を遵守した内容であったとしても概要書面であって契約書面ではないのでクーリング・オフ期間の起算日とはならない点も指摘しておく。

  • *今回問題となっているのは、学習塾であるが、特商法はその他にも、「エステティックサービス、語学教室、パソコン教室、家庭教師、結婚相手紹介サービス」を規制の対象としている。


参考判例 書面不備に関する判例

訪問販売

  1. [1]東京地裁平成5年8月30日判決(『判例タイムズ』844号252ページ)
  2. [2]神戸簡裁平成4年1月30日判決(『判例タイムズ』792号218ページ、『判例時報』1455号140ページ)
  3. [3]東京地裁平成7年8月31日判決(『判例タイムズ』911号214ページ)
  4. [4]神戸地裁平成元年10月4日判決(『NBL』477号35ページ)
  5. [5]福岡高裁平成11年4月9日判決(『国民生活』2003年4月号46ページ)
    「次々販売」におけるクーリング・オフの適用除外と錯誤
  6. [6]東京地裁平成11年7月8日判決(『国民生活』2002年12月号46ページ)
    書面不備とクーリング・オフ
  7. [7]京都地裁平成17年5月25日判決(裁判所ウェブサイト)

連鎖販売取引

  1. [8]京都地裁平成17年5月16日判決(判例集未登載)(『国民生活』2006年2月号66ページ)
    連鎖販売取引において書面不備を理由としたクーリング・オフが認められた事例

業務提供誘引販売取引

  1. [9]名古屋地裁平成14年6月14日判決(『国民生活』2002年11月号50ページ)
    業務提供誘引販売取引の定義とクーリング・オフ


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