[本文へ] 消費生活・消費者問題に関する事例や対処方法を紹介しています。

現在の位置 : トップページ > 相談事例・判例 > 消費者問題の判例集 > 通所者の転倒事故について、介護施設に対し、医師に受診させる義務違反を認めた事例

[2015年4月:公表]

通所者の転倒事故について、介護施設に対し、医師に受診させる義務違反を認めた事例

 本件は、介護施設への通所者が送迎車両から降車しようとして転倒した事故について、介護施設には速やかに医師に受診させる義務があったとして損害賠償請求した事案である。

 裁判所は、介護施設Yに対し、具体的に予見可能な危険について、利用者の安全を確保すべき義務を負っているとした。そして、Yの職員が車いすを利用する他の通所者の乗車介護を行っていたところ、Xが勝手に車を降りようとして転倒したことについて、同職員には過失はないものの、その後、Xが痛みを訴えているにもかかわらず速やかに医師の診察を受けさせなかったことにつき、Yに債務不履行が認められるとした(東京地裁平成25年5月20日判決)

  • 『判例時報』2208号67ページ

事案の概要

原告:
X(通所者)
被告:
Y(介護施設)
関係者:
A(Yの職員)
B(Yの職員、看護師)
C(本件宿泊施設の宿直担当者)

 X(事故当時87歳)は、2001年頃から認知症の兆候が生じ始めた。2004年当時の要介護度は「要支援」であり、物が盗られたなどという妄想や預金通帳を繰り返し再発行するなどの行動が目立ち始めていたほか、入浴を拒否するようになっていた。

 Xの後見人は、介護負担を軽減するため、2004年10月28日、Yとの間で、本件介護施設における通所介護サービスの提供を受けることを内容とする本件契約を締結し、同年11月1日よりサービスの利用を開始した。

 Xは、2009年11月29日、本件介護施設における介護サービスを受け、午後4時頃、付属する宿泊施設(本件宿泊施設)に移動するため、本件車両の側面にある出入口から自力で同車両に乗車した。

 本件介護施設の当日利用者の中で、本件宿泊施設に宿泊予定の者はXを含めて5名であり、本件車両の送迎サービスはAとBの2名が介助等を担当していた。

 その後、Aは、Xが本件車両の運転席のすぐ後ろの席に座ったので、Xにシートベルトを締めるよう指示した。

 そのうえで、Aは、他の利用者の介助のために本件車両の後方にある車いす用の出入口方向に向かったが、車いすを利用する他の利用者に対する乗車介助をしようとした直後、「痛い」というXの声を聞いて、Xが本件車両から降車しようとして転倒している状態を現認した(本件事故)。

 このとき、Bは、本件車両に背を向け、本件介護施設の出入口付近で他の利用者を誘導していた。

 Aは、Xの声を聞いて本件事故に気づき、Xのもとに駆(か)け寄ったところ、Xが「右足が痛い」と訴えたので、BとともにXを立たせて服を脱がし、右足のつけ根や腰を確認したが、外傷、熱感、腫れなどの異常所見は確認できなかった。このため、Aは、Xがその後も歩く際に痛みを訴える状態ではあったものの、自力歩行が可能であったこと、看護師であるBから特段の指示もなかったことから、Xの状態はすぐに医療機関の診察が必要なものではないと判断し、本件車両でXを本件宿泊施設まで送った。

 Xが本件宿泊施設に到着した後も歩く際に痛みを訴えたので、Aは再度外傷等の確認を行ったが、異常所見は確認されなかったため、そのままXを宿泊させてようすを見ることにした。本件宿泊施設に宿泊していたXは、同日午後7時頃、自分でトイレに立ったが、本件事故後からの腰等の痛みが治まることはなく、継続している状態にあった。同日の宿直担当者で、施設内を2時間置きに巡視していたCは、その頃、以上のようなXの状態を確認していた。

 Xは、翌日の朝、前日より増して足の痛みを強く訴えたため、同日午前10時頃に自宅に戻された後、整形外科病院に搬送された。Xは、同病院で右大腿骨頸部(だいたいこつけいぶ)骨折の診断を受け、同日、人工骨頭置換手術を受けるために総合病院に入院し、同年12月2日、同手術を受けた。

 Xは、Xが送迎車両に乗降する際、Y職員がXを見守るなどしてその安全を確保すべき義務があったのに、これを怠ったため転倒したこと、そのうえ、同職員が速やかにXに医師の診察を受けさせる義務を怠ったため翌日まで受傷状態のまま放置されたことにより、肉体的・精神的苦痛を被ったなどと主張して、Yに対し、債務不履行または不法行為に基づき、約1370万円の損害賠償を求めた。



理由

1.通所介護施設の義務

 本件契約は、介護保険法令の趣旨に従って、利用者が可能な限り居宅においてその有する能力に応じて自立した生活を営むことができるように利用者の日常生活全般の状況および希望を踏まえて通所介護サービスを提供することを主な目的とするものである。

 Yは、本件契約に基づき、利用者個々の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について、法令の定める人員配置基準を満たす態勢の下、必要な範囲において、利用者の安全を確保すべき義務を負っていると解するのが相当である。

2.転倒事故について

 Xは、本件事故のあった2009年11月当時、認知症のために物忘れなどの症状が認められたものの、要介護区分は5段階中最も軽い「1」であった。Y職員において、Y職員が他の利用者の乗車を介助するごく短時間の隙に、Xが不意に動き出して車外に降りようとしたことについて、これを具体的に予見するのは困難であったと認められ、Y職員が、他の利用者のため、しばしの間着席していたXから目を離したことが、介護のあり方として相当な注意を欠くものであったということもできない。

 Yが本件事故当時、常時Xが転倒することのないように見守るべき義務を負っていたとは認められず、本件事故が、Yの安全配慮義務違反によって生じたものであるとはいえない。

3.その後の必要な診察を受けさせるべき義務

 本件契約においては、「現に通所介護の提供を行っているときに利用者の病状の急変が生じた場合その他必要な場合」には、被告が利用者の家族または緊急連絡先に連絡するとともに、速やかに主治の医師または歯科医師に連絡を取る等の必要な措置を講ずる旨が合意されており、こうした内容の介護を引き受けたYには、利用者であるXの生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されるもので、介護中にXの生命および身体等に異常が生じた場合には、速やかに医師の助言を受け、必要な診療を受けさせるべき義務を負うものと解される。

 遅くともCがXの痛みの状態を確認した11月29日午後7時頃までには、医師に相談するなどして、その助言によりXの痛みの原因を確認し、医師の指示に基づき、その原因に応じた必要かつ適切な医療措置を受けさせるべき義務を負ったというべきである。

 しかるに、Aは、本件宿泊施設の宿直担当者であったCからXの状態についての必要な情報を得たうえ、医師に対してXの状態を説明してその指示を受けることは容易であったにもかかわらず、このような措置をとることなく、翌朝まで、Xを本件宿泊施設に留め置いたことが認められ、Yは、Xに対する本件契約に基づく前記義務に違反したものと言わざるを得ない。

4.賠償されるべき損害

 Y(AないしC)が、医師に対し、本件事故の状況やその後のXの症状等について説明をしたうえで、Xの痛みの原因や必要な措置に関する助言を受けていれば、直ちに、痛みを生じている部分(骨折部分)を固定し、医療機関を受診するようにとの指示を受けることができたものと認められるから、Xが翌朝まで右足大腿骨骨折の傷害について適切な医療措置を受けることができなかったことによって生じた肉体的精神的苦痛について、Yは債務不履行による損害賠償義務を免れないというべきである。その損害賠償額は20万円を下らないものと認められる(不法行為に基づく請求について検討しても、同額の損害額を超えるものではない)。



解説

1.本判決の意義

 老人ホーム入所契約また通所契約をめぐる事故については、既にいくつかの裁判例が出されており、本判決はこれに新たな事例を付け加えるものである。本判決については、Xの状態からして転倒についてY側の過失を否定したことは評価でき、また、高齢者が転倒した場合のリスクとその対処の必要性からして、医師の診察を受けさせる等の義務の違反を認めたことも妥当である。

 通所者ないし入所者の状況により施設側に要求される注意義務の程度は変わるものであり、認知症の程度が進んでいる場合には本人が痛いと訴えていなくても、転倒などの事故があったならば必ず念のために医師の診察を受けさせる義務を導くことも可能である。また本判決では、損害として、遅滞なく適切な治療を受けられなかったことによる肉体的精神的苦痛を問題にしており、この種の事案において今後参考とされるものである。

 以下には、関連判例を参考までに紹介しておく。

2.転倒・転落事故

 本件と同じ通所介護契約につき、介護施設の職員が目を離した間に、昼寝から目を覚ました被介護者が転倒した事例で、通所介護契約の「利用者は、高齢等で精神的、肉体的に障害を有し、自宅で自立した生活を営むことが困難な者を予定しており、事業者は、そのような利用者の状況を把握し、自立した日常生活を営むことができるよう介護を提供するとともに、事業者が認識した利用者の障害を前提に、安全に介護を施す義務がある」さらに、被介護者の見守りが不十分であったとしてその責任を認めた判決がある(参考判例(1))。

 また、認知症対応型共同生活介護施設における高齢者のベッドからの転落による負傷事故につき、施設の責任を認めるにつき、利用者の生命身体に危害の及ばないように必要な措置をすべく契約上の安全配慮義務を認めた判決がある(参考判例(5))。

 また、介護老人保健施設において、入所中の高齢者がベッドから立ち上がる際に転倒することがないように配慮しなければならないのに、これを怠り転倒させたとして債務不履行を認めた判決がある(参考判例(8))。

3.誤嚥事故

 高齢者の誤嚥(ごえん)事故も多く、責任肯定例として、以下のような事例がある。特別養護老人ホームにおいて、75歳の入所者が、職員による介助を受けて食事中に、こんにゃくを食べさせた後、口の中の確認または嚥下(えんげ)動作の確認する注意義務を怠って、はんぺんを引き続いて食べさせ、喉(のど)に食べ物を詰まらせて死亡した事例で、老人ホームの使用者責任が肯定されている(参考判例(2))。その他、特別養護老人ホームに短期滞在をしていた高齢者がパンを喉に詰まらせて死亡した事例(参考判例(3))でも老人ホームの責任が認められている。

 他方、介護付有料老人ホームにおける食事中の誤嚥死亡事故につき、施設に食事の開始から終了まで逐一見守るべき義務まではないとして、債務不履行が否定されている(参考判例(7))。

4.高齢者の入院中の事故

 高齢者の入院中の事故についても老人ホームと同様の問題が生じ、実際いくつかの判例が出されている。高齢の入院患者については、高齢者ケア施設と同様の配慮義務が病院側には負わされ、例えば、入院中の高齢者におにぎりを食べさせた際に患者が誤嚥し死亡した事故につき、病院側の損害賠償責任が認められている(参考判例(4))。また、入院患者が車いすから透析用ベッドへの移動に際して、病院職員が介助を継続しなかったため転倒し遅延性無意識障害になった事例で、病院の責任が認められている(参考判例(9))。他方、責任を否定した判決もある(参考判例(6))。



参考判例

  1. (1)福岡地裁平成15年8月27日判決
    (『判例時報』1843号133ページ)
  2. (2)名古屋地裁平成16年7月30日判決
    (判決文入手)
  3. (3)大阪地裁平成18年11月29日判決
    (『判例タイムズ』1237号304ページ)
  4. (4)福岡地裁平成19年6月26日判決
    (『判例タイムズ』1277号306ページ)
  5. (5)大阪地裁平成19年11月7日判決
    (『判例時報』2025号96ページ)
  6. (6)大阪地裁平成19年11月14日判決
    (『判例タイムズ』1268号256ページ)
  7. (7)東京地裁平成22年7月28日判決
    (『判例時報』2092号99ページ)
  8. (8)東京地裁平成24年3月28日判決
    (『判例時報』2153号40ページ)
  9. (9)東京地裁平成24年11月15日判決
    (『判例タイムズ』1388号264ページ)


消費者問題の判例集トップページへ

ページトップへ