[本文へ] 消費生活・消費者問題に関する事例や対処方法を紹介しています。

現在の位置 : トップページ > 相談事例・判例 > 消費者問題の判例集 > 認知症高齢者への販売行為につき意思無能力による契約無効が一部認められた事例

[2015年2月:公表]

認知症高齢者への販売行為につき意思無能力による契約無効が一部認められた事例

 本件は、認知症の高齢者が、約5年にわたって有名百貨店内の特定の売場で衣料品を 購入し続けた事案である。

 裁判所は、当該売買契約の一部について意思無 能力状態であったとして無効と判断したものの、 売買契約が公序良俗に違反するとの主張は認めな かった(東京地裁平成25年4月26日判決)。

  • 『消費者法ニュース』98号311ページ

事案の概要

原告:
X(消費者)
被告:
Y(百貨店)
関係者:
A(Yの店舗での販売を委託されたブティック)
B(Xの弟で、Xの成年後見人)
C、D(Xの妹)
E(Aの担当者)

 百貨店等を営むYは、ブティックAに対し、Yが所有する婦人服等の管理、陳列、販売等を委託する方法により、商品を販売していた。

 Xは、2006年1月3日から2010年7月1日までの間にブティックAにおいて、何度にもわたり、婦人服等280点(総額約1100万円)を購入した(本件売買)。Xは、本件売買開始当時71歳、独身の女性で、一人暮らしであった。

 2010年8月、Xは、大学病院で「アルツハイマー型認知症に罹患(りかん)している。発症は5年前」と診断された。同年8月末頃、Xの弟Bと妹C・Dは、Yの店舗に赴き、ブティックAの担当者Eに対し、Xに商品を販売しないよう要請した。 Eは、このことを上司に相談したが、上司は、Yの顧客サービス担当者と相談したうえ、Eに対し、販売することは構わないと指示した。

 Xは、翌月の9月12日頃、ブティックAで、ジャ ケット1着を購入し、代金約8万円を現金で支 払った。同月15日、Bは、Yの庶務課長に対し、 Xに対する販売を止めるよう要請した。また、 その頃Bは、Xに対する販売を止めるよう要請し たにもかかわらず販売したことをYに抗議した。

 2011年5月6日、Xに対して成年後見開始の 審判がなされ、Bが成年後見人に選任された。

 このような状況で、Xは、遅くとも2005年 頃にはアルツハイマー型認知症に罹患しており、 本件売買契約は意思無能力の状態で行われたも のであるから売買契約は無効であると主張し、 仮にそうでないとしても、Eにおいて、Xのア ルツハイマー型認知症による判断能力の低下状 態を知っていたか、少なくとも知り得べき状態 にあったにもかかわらず、自ら販売利益を得る ために過剰に婦人服等を販売した行為は、商品 販売活動として社会的に許容される相当性を逸 脱する行為であり、本件売買契約は公序良俗に 反し無効であるなどと主張して、不当利得返還 請求権に基づき、Yに対して、本件売買代金約 1100万円の返還とこれに対する法定利息の支 払いを求めた。



理由

1.Xの意思無能力について

 2010年10月1日付け診断書によれば、Xの病名は「アルツハイマー型認知症」と記載され、付記に「約5年前の発症と推定される。2010年8月6日当院初診時(略)、高度の記憶障害を中心とした認知機能障害を認める。現在は高度アルツハイマー型認知症である」と記載され、2011年3月4日付け診断書において、「後見相当」との意見が付され、2011年5月6日、Xについて成年後見開始の審判がなされたことが認められる。

 このことからすると、2010年8月時点において、Xが意思能力を喪失していたといえる。しかし、このことから、2005年時点においてXの意思能力がなかったということにはならない。アルツハイマー型認知症は時間の経過とともに知的機能障害が進行するものであるから、2005年時点においてXに意思能力がないと認めるには、これを認めるに足りる合理的な立証が必要である。

 2009年8月以前の売買については、Xに意思能力がないと認めるに足りる合理的な立証がされていないから、無効とはならないが、2010年8月の初診の時点で急激に悪化することは考えられないため、遅くともそれ以降はXが意思無能力状態であったと判断しても不合理とはいえないことから、2009年8月以降のXの購入は意思無能力により無効というべきである。

2.Yの行為の公序良俗違反性について

 最近の流通業界および百貨店等で高齢者に対する対応や接客方法を学ばせることを社員教育の一環としている動きがあるところ、Y社内において特にそのような指導がなかったことは適切さを欠くといわれても致し方ないといえ、BらからXに商品の販売をしないでほしい旨の要請を受けながら、2010年9月12日、YがXに対し商品を販売したことは、適切であったのか疑問を持たざるを得ない。

 しかし、EにおいてXの状況を知りまたは知り得たと認定するに足りる証拠はないから、Yの店員が、アルツハイマー型認知症により判断能力等が衰えていたXに対して、そのような状況を知り、または少なくとも知り得べき状態にあったとはいえないものというべきである。また、Xの主治医の陳述書等に照らせば、Eが年に100回以上Xと会話していながらその認知症を気づかなかったとしても不自然とはいえず、本件売買契約が公序良俗に反するとはいえない。

 以上により、Xの請求を、Yに対し、本件売買契約のうち2009年8月から2010年7月までの取引を意思無能力により無効とし、合計額約240万円の返還とこれに対する法定利息の支払いを求める限度で認容する。



解説

 意思能力とは、自己の行為の結果を判断できる精神能力である。意思能力は、問題とされる法律行為の種類、特に行為の複雑性や重大性の程度によって異なり、その有無は個別に判断しなければならない。判例・学説上、意思無能力者 の行為には法的効果が生じないとされている。

 意思無能力の原因には低年齢(7歳程度以下と説明されることが多い)のほか、精神上の障害がある。後者の場合で意思能力なしとされた判決としては、本件のような認知症のケース(参考判例(1)〜(7)など)のほか、脳血管性障害のケース(参考判例(8)など)、精神遅滞のケース(参考判例(9)など)、統合失調症のケース(参考判例(10)など)などがある。

 意思能力の有無は、問題となる法律行為の時点で判断されるため、その時点での医師の診断書がある等の事情がなければ意思能力がないことの立証は難しい。本件でも、Xの主治医の陳述書について、主治医の診断経験に基づく意見に過ぎないなどとして「上記陳述書のみを根拠として直ちに2005年当時、Xの意思能力がなかったと認めるに足りる合理的な立証がなされたとはいえない」としているが、主治医の陳述書をより重視した解決が望ましいと思われる。

 本件で、Xは、ブティックAの担当者Eが、1年間に100回以上もXと会話したのであれば、Xの認知能力が低下していたことに気づかないはずはなく、Xに対し、衣料品とは関係のない健康食品の販売をしたこと、決済不足となったXに対しEが銀行窓口まで同行することは、Eが、アルツハイマー型認知症により判断能力等が衰えていたXに対して、そのような状況を知り、または少なくとも知り得べき状態にあったから行ったことであり、その能力を考慮することなく、自ら販売利益を得るために、過剰に婦人服等を販売したものであり、このような売買行為は、商品販売活動として社会的に許容される相当性を逸脱する行為であり、公序良俗に反すると主張している。Xに対する販売行為の態様が、この主張のとおりだとすると、これは、暴利行為ないし状況の濫用(らんよう)に該当する可能性のある行為であり、公序良俗違反により無効とする余地もあったと思われる。



参考判例

  1. (1)東京地裁平成8年10月24日判決
    (『判例時報』1607号76ページ)
  2. (2)東京地裁平成9年2月27日判決
    (『金融・商事判例』1036号41ページ)
  3. (3)東京高裁平成9年6月11日判決
    (『判例タイムズ』1011号171ページ)
  4. (4)福岡地裁平成9年6月11日判決
    (『金融法務事情』1497号27ページ)
  5. (5)東京地裁平成10年10月26日判決
    (『金融法務事情』1548号39ページ)
  6. (6)東京地裁平成20年12月24日判決
    (『判例時報』2044号98ページ)
  7. (7)神戸地裁伊丹支部平成24年1月23日判決
    (『判例タイムズ』1370号188ページ)
  8. (8)神戸地裁姫路支部平成24年2月16日判決
    (『証券取引被害判例セレクト』42号161ページ)
  9. (9)東京地裁平成17年9月29日判決
    (未搭載)
  10. (10)東京地裁平成10年10月30日判決
    (『判例時報』1679号46ページ)


消費者問題の判例集トップページへ

ページトップへ