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[2014年4月:公表]

医師が事前の同意なく患者の診療情報を漏示した行為の違法性

 本件は、会社で業務に従事していた際に負傷した従業員が、病院において医師の診察・治療を受けるとともに、会社に対して損害賠償を請求する訴訟を提起していたところ、医師が会社の担当者に当該従業員の診療情報を漏えいしたことにより精神的苦痛を被ったと主張して、医師および病院に対してそれぞれ損害賠償を求めた事案である。

 裁判所は、医師が職務上知り得た患者の秘密について、正当な理由なくこれを漏示してはならないとしたうえで、患者の別件訴訟の相手方に患者の診療情報について説明をした行為は違法であり、責任を免れないとした。(さいたま地裁川越支部平成22年3月4日判決)

  • 『判例時報』2083号112ページ

事案の概要

原告:
X(患者)
被告:
Y1(医療法人Y整形外科)
Y2(Y1の代表者)
関係者:
A(Xの勤務先)
B(Aの担当者)

 Xは、A会社の従業員として業務に従事していた際に負傷した。このため、Y1病院において、その代表者である医師Y2の診察および治療を受けた。その一方、A会社に対し、損害賠償を請求する訴訟(別件訴訟)を提起した。

 別件訴訟の提起後、A会社の担当者BはY2のもとを訪れ、A会社が別件訴訟において診療録*1の文書送付嘱託*2を申し立てるので協力してほしい旨伝えた。その後、別件訴訟において、A会社はY1病院に対しXの診療録、検査結果等の診療記録(レントゲン写真、MRIを含む)全部の送付を求める旨の文書送付嘱託の申立てを裁判所(別件裁判所)に対して行い、別件裁判所は申立てを採用する旨の決定をしたうえで、Y1病院に対して文書送付の嘱託をした。Y1病院は、別件裁判所からの嘱託を受けて、Xの診療録、MRIおよびレントゲン写真を別件裁判所に送付した。

 この文書送付とは別に、Y2は、Bの来訪を何度も受け、別件裁判所から命じられていないにもかかわらず、Xの身体の状況、病状、治療などについての情報(診療情報)をBに説明した。

 Xは、Y2がBにXの診療情報を漏えいしたことにより精神的苦痛を被ったと主張して、Y2に対しては診療情報を漏えいしたことによる守秘義務違反および個人情報保護法23条に違反してXの診療情報を事前のXの同意なく第三者に提供した不法行為に基づき、Y1病院に対しては診療契約上の附随義務としての守秘義務に違反した債務不履行または代表者Y2が職務を遂行するについて行った不法行為による損害賠償責任(医療法68条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条)に基づき、500万円の慰謝料の支払いを求めた。

  1. *1 医師法24条で定められた5年間の保存義務がある記録。医師が書いたカルテ。
  2. *2 文書の所持者に対し、その文書の裁判所への送付を嘱託する手続き(民事訴訟法226条)。


理由

 医師は、その職務の性質上、患者との信頼関係のもとに、診療の過程で患者の身体の状況、病状、治療等についての情報(診療情報)など患者の秘密を知り得るところ、そのような職務上知り得た診療情報等の患者の秘密については、正当な理由なくこれを漏示してはならない。

 これは、医師の職業倫理であるとともに、医師は、「正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたとき」は、秘密漏示の罪(刑法134条1項)に当たるとされており、その職務上知り得た秘密といえる事項については、これを秘匿すべき法律上の義務を負うものである。

1.診療情報を同意なしに漏示した行為

 Y2は、別件裁判所の指示があったものではないにもかかわらず、少なくとも第4回口頭弁論期日から第1回弁論準備手続期日までの間に、Xの診療情報をBに伝えていたものと認められる。少なくとも、Y2がその所見を説明したり、Xの椎間板後方突出が加齢によって生じたものであるとの意見をBに伝えていた事実は認めることができるのであり、Y2が診療情報の提供につきXの事前の同意を得ていないことはYらの争うところではないから、これらのことは、Xの診療情報の漏示に当たる。

 しかも、この点について別件裁判所からの指示はなかったのであるから、Y2の行為につき違法性を完全に阻却する事由は認められない。

2.文書送付嘱託に基づき文書を送付した行為

 Y2は、別件裁判所からの文書送付嘱託に基づき、文書を送付した事実が認められるところ、Y2の診療録の送付は、裁判所からの文書送付嘱託に応じて行ったものであり、法令に基づく場合に当たるから、本人の同意を得なくても許されるものである(個人情報保護法23条)。本件は、Xが、その症状が労災事故によるものであるとして提起している訴訟において、Xの症状や医師の所見の記載された診療録についての別件裁判所からの送付嘱託に基づく提供であって、嘱託の趣旨に照らせば、Xの診療録の送付に必要性や合理性がないとはいえず、Y2の行為に違法性はないというべきである。

3.診療経過一覧表作成過程において、Xの診療内容をA会社に明らかにした行為

 Bは、A会社が別件裁判所から「診療経過一覧表」の作成を指示された前後、Y2のもとを訪れて、絵で描いている部分や単語のみが記載されている部分の意味内容を言葉で説明してもらった事実が認められる。

 Y2は、Bから別件裁判所が診療経過一覧表の作成を指示していると伝えられていたとはいえ、別件裁判所がY2に会って診療経過一覧表を作成するように指示したとまでは認められず、その指示の時期以前の行為もあることからすれば、それによりY2が上記のような事実をA会社に伝えたことが正当化しきれるものではない。

4.損害額

 Y2は、Xをあえて害そうという意図のもとにこれらの行為に及んだとまで認めることはできない。一切の事情を考慮すれば、Xに支払われるべき慰謝料の額は、100万円が相当である。



解説

 プライバシーの権利は(1)私生活ののぞき見、無断撮影、録音等からの保護(2)個人情報の無断公開というかたちでの侵害に対してだけでなく、近時は、自己情報コントロール権として(3)個人情報の他人への無断提供に対しても保護される、より積極的・強力な権利として認められるようになっている。

 このような権利を認めた参考判例(1)は、事前登録制の講演会において、応募してきた学生の学籍番号、氏名、住所および電話番号を警備に当たる警察に参考までに情報提供した事例で、個人情報としての重要性の程度が低く、また正当な理由に基づくものであったため、違法性が争われている。原審判決は違法性を否定したが、登録の際に事前に情報提供についての諾否を得る手続きがとれたこともあり、最高裁は「プライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待」を侵害するものと認めている。慰謝料額は5,000円と低額であるが、この程度の情報も法的に保護されること、また、個人情報の公表の事例ではなく、情報の適切な管理への期待が保護されることを確認した意義は大きい。

 参考判例(2)は、「勤務先、名称および電話番号」も法的に保護された利益としてのプライバシーであると認めるものの、マンション販売会社が、購入者の勤務先、名称および電話番号を管理会社として予定されていた会社に提供したことについて、正当な理由があったとして不法行為が否定されている。

 また、インターネット上の個人情報の流出につき、エステティックサロン(以下、エステ)の開設するウェブサイトで、無料体験や資料送付などに応募した者の氏名、住所、電話番号、メールアドレスなどの個人情報が、エステ事業者の社員の過失により流出した事案で、流出した情報を利用したダイレクトメールや迷惑メールなど二次流出・被害が生じていることから、エステ事業者に、ファイルのアクセス権限を設定しなかった被用者の過失を認め民法715条1項に基づいて慰謝料3万円または2万円(二次被害がない者)、弁護士費用5,000円の支払いが命じ られている(参考判例(3))。

 このような保護は医療契約における患者の情報についても当てはまり、患者の情報をその治療に当たった医療機関が本人に無断で他人に提供することは、プライバシーの侵害として違法である。参考判例(4)では、原告の娘である患者の病状を、被告である病院の看護師が夫に話し、原告が経営する飲食店の客であった看護師の夫がそれを原告に告知したことにより、看護師がその夫に話したことを原告が知った事例で、看護師の過失を認め、被告の使用者責任が肯定され、100万円の慰謝料の支払いが命じられている。

 本判決は、裁判所からの文書送付嘱託に基づく文書の送付には違法性はないが、裁判所の嘱託もないのに患者の提起した訴訟の相手方に診療情報を提供した行為について、Y2に害意はないとしつつもその違法性を認め、100万円の慰謝料の支払いが命じられている。参考判例(4)と同様に他の事例よりも金額が高額なのは、医療情報のプライバシーとしての重大性を考慮したものであり妥当なものである。



参考判例

  1. (1)最高裁平成15年9月12日判決
    (最高裁判所民事判例集57巻8号973ページ)
  2. (2)東京地裁平成2年8月29日判決
    (『判例時報』1382号92ページ)
  3. (3)東京地裁平成19年2月8日判決
    (『判例時報』1964号113ページ)
    消費者問題の判例集(国民生活センター)
    「エステティックホームページ個人情報流出事件」
  4. (4)福岡高裁平成24年7月12日判決
    (LLI判例データベース)


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