[本文へ] 消費生活・消費者問題に関する事例や対処方法を紹介しています。

現在の位置 : トップページ > 相談事例・判例 > 消費者問題の判例集 > 偽造印鑑による預金払戻請求に応じた銀行に対し、過失を認めた事例

[2012年6月:公表]

偽造印鑑による預金払戻請求に応じた銀行に対し、過失を認めた事例

 本件は、窃取された預金通帳と偽造印鑑を持参した無権限の第三者に対して銀行が行った預金の払戻しは無効であるとして、預金通帳を窃取された預金者が銀行に対し、払戻された預金額相当の払戻しの請求をした事案である。

 銀行は、免責約款による免責または債権の準占有者に対する弁済の抗弁(民法478条)を主張したところ、銀行が行った印鑑照合に過失が認められるかが問題となった。

 第一審は、過失はなかったとして原告の請求を棄却したが、控訴審では、払戻しにおける印鑑照合の際、銀行の担当者に過失があったことを認め、第三者への払戻しは無効であるとして預金者の銀行に対する払戻請求を認めた。(名古屋高裁平成21年7月23日判決)

  • 金融・商事判例1337号37ページ

事案の概要

原告・控訴人:
X(預金者)
被告・被控訴人:
Y(銀行)
関係者:
A(窃盗グループの一員)
B(銀行の払戻担当者)

 他人の預金口座から多数回にわたり不正払戻しを繰り返していたAは、窃取されたXの預金通帳(以下「本件通帳」)と偽造印鑑を使用し、Y銀行α支店においてXの普通預金口座(以下「本件預金」)から約200万円の預金の払戻しを請求し、払戻請求書と本件通帳をY銀行α支店の担当者Bに提出した。

 Bは、印鑑照会機で、本件届出印の印影を表示させ、本件払戻請求書を印影の中で半分に折り、画面上の本件届出印の印影と重ねたりして確認し、印影が一致していると判断した。払戻金額が100万円を超えていたことから、出納係の管理する出納機から出金する必要があったため、預金役席のベテラン行員であるC調査役に本件払戻請求書と本件通帳が回付され、同調査役が再度、印鑑照合を行った後、同日、出金が行われた。

 Xは、平成19年4月頃、いわゆるピッキング盗難の被害にあい、本件通帳を含め7通の通帳を窃取されていたが、印鑑は別の場所に保管していたので窃取されていない。

 Yの普通預金規定には、「払戻請求書、諸届その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意を持って照合し、相違ないものと認めて取り扱いましたうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があってもそのために生じた損害については当行は責任を負いません」とある。

 Xは、盗まれた預金通帳と偽造印鑑により払戻された預金約200万円の払戻しをYに請求したが、Yが応じないため、預金額相当の約200万円等の支払いを求めて名古屋地裁に提訴した。

 これに対しYは、免責約款による免責、債権の準占有者に対する弁済の抗弁(民法478条)を主張し、その支払義務を争った。

 第一審は、本件払戻請求書の印影と本件届出印の印影は酷似していることが認められるから被告の担当者は、社会通念上、金融機関としての業務上の相当な注意をもってその同一性を確認したと認めるのが相当であるとして、Yの債権の準占有者の抗弁及び免責約款の抗弁を認めXの請求を棄却した。

 そこで、Xはこれを不服として名古屋高裁に控訴した。



理由

 スキャナーを用いるなど、印章偽造技術の進歩により当該偽造印章により顕出された印影は一見して元の印章による印影と極めて類似している。重ね合わせ等により印影の文字線や円周線を比較するのみでは、両印影が異なる印章により顕出されたものであることを見抜くことは困難な場合があり、銀行の照合担当者が印影の照合において、最も重要なのは、平面的な比較照合であり、その点を認識して照合すれば、印影の差が認識できたかどうかが最も重要となる。

 そこで、本件届出印影と本件払戻請求書の印影とを比較すると、一見して、本件払戻請求書の文字線が本件届出印影の文字線と異なること、印影の円周線は、中の文字に比べて本件届出印のほうが明らかに細いが、本件払戻請求書の各印影では、円周線が文字線とほぼ同じ太さであり、場所によっては、より太いように見えるところがあることが認められる。

 以上、指摘した本件届出印と本件払戻請求書の各印影相互の相違は、印影照合事務に習熟した者が相当の注意力をもってすれば、平面照合により、容易に確認できるものであるといえる。特に、平面照合の重要性を認識していれば、印影を最初に見たときの印象(美観を含む)が重要であり、そのような基本的な意識の下で各印影を比較対照すれば、本件払戻請求書の各印影の文字線が本件届出印影の文字線より細いことに容易に気づいたはずである。この点に気づけば、本件偽造印を手にとって確認するとともに、本件偽造印を押捺(おうなつ)することにより、印影の差異が印鑑の差異によるものであると確認できたはずである。

 そうすると、本件払戻請求書の各印影を本件届出印によるものと判断したYの印鑑照合担当者には過失があるというべきであり、本件払戻しは、債権の準占有者への弁済として有効とはいえず、Xの預金債権を消滅させるものではない、として原判決を取消しXの請求を認めた。



解説

(1)本件は、盗まれた預金通帳と偽造印を使用して、預金の払戻しがなされた場合において、民法478条の債権の準占有者に対する弁済として、あるいは普通預金規定の免責約款による免責が認められるためには、銀行の印鑑照合担当者の印鑑照合をするについてどこまで注意義務を尽くせば無過失といえるのかが問題となり、一審と控訴審で判断が分かれた事例である。

 一審は、民法478条の過失がないと認められるかどうかの判断については、払戻請求者に正当な受領権限がないと疑うべき特段の事情がない限り、払戻請求書に押捺した印影と届出印の印影を照合して、社会通念上、金融機関として期待される業務上の相当な注意をもってその同一性を確認すれば足りるが、上記特段の事情がある場合には、その具体的状況に応じて、印鑑照合に加えて、社会通念上期待される相当な確認措置をとる必要があるというべきであるとし、重ね合わせによる照合をしたことで、Yの担当者は期待される相当な注意義務を尽くしたとし、Aに正当な受領権限がないと疑うべき特段の事情があったといえないとして、Aに対する預金の払戻しを有効であるとして、Xの請求を棄却している。

 これに対し、控訴審判決である本件判決は、近時、写真撮影やスキャナーを用いた印章偽造技術が進歩していることを重視し、「銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般的に期待される注意義務がどのようなものであるかは、前示のような印章偽造技術の進歩やその悪用例の存否等にも関連する」としたうえ、進歩した印章偽造技術では元の印章による印影は、偽造印章による印影と極めて類似したものとなることを指摘した。そして、重ね合わせ等による比較のみでは注意義務が尽くされたとはいえず、平面的な比較照合が最も重要であるとしたうえで、本件ではこのような照合が行われていれば、本件払戻請求書の印影が偽造印章による印影であることが分かったはずであるとして、照合担当者の過失を認めた。

 すなわち控訴審判決は、印章偽造技術の進歩を考慮して、印鑑照合義務の内容を重ね合わせ等の照合では足りないとして、その基準を厳しくしたものである。

(2)偽造印章による預金の払戻しにつき銀行の過失を認めたものとして、下記関連判例欄[1]ないし[4]などの判例があり、過失を否定した判例として[5]及び[6]などの判例がある。

 偽造印による場合には、銀行の過失が認められる場合が比較的多いといわれ、これからも印鑑照合の重要性は増していくものと思われる。



参考判例

銀行の過失を肯定したものとして、

  1. [1]東京地判平成17年2月28日(金商判例1213号34ページ)
  2. [2]東京高判平成16年12月15日(判例時報1883号116ページ)
  3. [3]福岡地判平成16年9月1日(金商判例1207号17ページ、一部過失を否定している)
  4. [4]さいたま地判平成16年6月25日(金商判例1200号13ページ、過失相殺あり)など。

否定したものとして、

  1. [5]大阪地判平成19年5月25日(判例タイムズ1252号257ページ)
  2. [6]東京高判平成16年9月30日(金商判例1206号41ページ)など。


消費者問題の判例集トップページへ

ページトップへ