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[2012年3月:公表]

獣医師はペットを診療する際、治療方針等について飼い主に説明する義務を負うとした事例

 本件は、ペットの飼い主が、その愛玩する飼い犬を動物病院に連れて行ったところ、獣医師が必要な検査および治療をせず、また、高次医療を受けるため転院させる必要があったにもかかわらずこれをしなかったことが、診療契約における獣医師の債務不履行だとして、損害賠償を求めた事例である。

 裁判所は、獣医師はペット診療に当たり、飼い主との診療契約に基づいてその医療内容につき飼い主の意向を確認する必要があり、その前提として病状、治療方針等を飼い主に説明をする義務を負う旨判示し、本件では獣医師に当該義務に違反した点があったとして飼い主の請求を認めた。(東京高裁平成20年9月26日判決)

  • 『判例タイムズ』1322号208ページ

事案の概要

原告・被控訴人・附帯控訴人:
X(消費者・飼い主)
被告・控訴人・附帯被控訴人:
Y1(動物病院)
Y2(動物病院の医師)

 Xは、自己が飼育するダックスフント犬(以下「飼い犬」)が免疫異常を原因とする無菌性結節性皮下脂肪織炎(しきえん)に罹患(りかん)したため、Y1病院を受診した。

 その際、Y2を含む同病院の獣医師らが

 (1)諸検査により飼い犬は免疫異常を原因とする無菌性結節性皮下脂肪織炎の罹患と診断し、初診時以降、1日当たり少なくとも8.6ミリグラムのプレドニゾロンを処方(投与)すべきであったのに、これを怠った、(2)平成14年4月21日以降、飼い犬をA大学動物病院(以下「A病院」という)等の高次医療機関に転送すべきであったのに、これを怠った、(3)平成14 年4月29日以降、飼い犬が間質性肺炎を発症、同年5月1日にはその診断が可能な状況になっており、経過観察をきちんとして症状を把握し、副腎皮質ステロイド剤の投与等をすべきであったのに、これを怠った、(4)平成14年4月29日以降、飼い犬がDIC(播種(はしゅ)性血管内凝固)を発症、同年5月1日にはその診断が可能な状況になっていたのであるから、経過観察により症状を把握し、ヘパリンの投与等をすべきであったのに、これを怠った、(5)Xに対し、初診時以降、飼い犬の疾患として「皮下脂肪織炎」の「疑い」があり、その原因として「免疫異常」が「考えられる」ことを説明すべきであったのに、これを怠った、(6)Xに対し、平成14年4月29日以降、飼い犬が「ショック状態に陥ったこと」「白血球数が異常値を示したこと」および「肺炎を発症したこと」を説明すべきであったのに、これを怠った、(7)Xに対し、初診時、Y2が処方したプレドニゾロンが「ステロイド剤」であり「副作用が強い」ことを説明すべきであったのに、これを怠った旨を主張した。

 そのうえ、前記の各過失により飼い犬の入院を長引かせ、間質性肺炎等を発症させ、A病院においてプレドニゾロンの大量投与を余儀なくさせるなどした結果、飼い犬に右前足を引きずる等の後遺障害を負わせるなどし、Xに精神的苦痛を与えるとともに、不要な治療費、ガソリン代、ホテル代等を支出させて経済的損害を与えたと主張し、Xが、Y2に対し不法行為に基づき、Y1に対し不法行為の使用者責任または診療契約の債務不履行に基づき、連帯して損害金431万1299円等の支払いを求めた。

 原審は、Xの請求を一部認容し、Yらが控訴、Xが附帯控訴した。

理由

 獣医師は、準委任契約である診療契約に基づき、善良なる管理者として注意義務を尽くし、動物の診療に当たる義務を負う。

 この注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床獣医学の実践における医療水準である。これは、診療に当たった獣医師が診療当時有すべき医療上の知見であり、当該獣医師の専門分野、所属する医療機関の性格等の諸事情を考慮して判断されるべきものである。

 獣医師が自ら医療水準に応じた診療をすることができないときは、医療水準に応じた診療をすることができる医療機関への転院について説明すべき義務を負い、それが診療契約に基づく獣医師の債務の内容というべきである。

 動物医療の分野においては健康保険制度が存在せず、医療費が高額になりがちなこと、動物とその所有者(診療契約上の委任者。以下「飼い主」という)との関わり方はさまざまであること等(ペットか、畜産目的か等)からすると、動物の診療契約において要求される医療の内容は、飼い主の意向によって大きく左右される面がある。

 動物の診療については、(1)飼い主の意向により診療内容が左右される面があるから、獣医師は、飼い主に対し診療内容を決定するに当たり(特に高額の治療費を要する場面においては)、その意向を確認する必要があるところ、意向確認の前提として、飼い主に対し動物の病状、治療方針、予後、診療料金などを説明する必要がある、(2)動物の生命、身体に軽微でない結果を発生させる可能性のある療法を実施する場合、飼い主の同意を得る必要があるところ、その前提として上記のような事柄について説明する必要がある、(3)副作用が生ずるおそれのある薬剤を投与するなどの場合、悪しき結果が生ずることを避け、適切で的確な療養状況を確保するために説明義務(療養方法の指導としての説明義務)を負うというべきである。

 また、その他、飼い主の請求に応じ(民法645条参照)、診療経過や治療の結果について説明義務を負う。

解説

 本判決は、ペットの飼い主との診療契約に基づき獣医師が負う注意義務の基準は、診療当時のいわゆる臨床獣医学の実践における医療水準であり、獣医師が自ら医療水準に応じた診療をすることができないときは、高次医療機関に転院することを説明すべき義務を負い、それが診療契約に基づく獣医師の債務の内容となること、および動物の診療契約において要求される医療の内容は、飼い主の意向によって大きく左右されるため、獣医師は、動物の病状、治療方針等につき説明義務を負うとした。

 本判決が、このように動物についての診療契約の性質から獣医師の説明義務を導いている点は、ペットをめぐる医療訴訟における説明義務についての指針を与えるものとして注目される。

 本判決では、原審が20万円を限度に認めたXの慰謝料について、40万円に増額している。

 獣医師の医療過誤が問題となった事件としては、後記参考判例[1]〜[5]に掲げたものなどがある。[1]は病院側の責任を否定したが、[2]、[3]、[4]、[5]は肯定している。

 [2]は、猫に人用の陣痛促進剤を投与するには、その健康状態、産歴、胎児の体位、形状、位置および子宮の状態、循環器が正常に機能しているか等を確認すべきであるのに、これを怠って猫を死亡させた獣医師は、その診療上の過失によって生じた猫およびその胎児の死亡による財産上の損害を賠償しなければならないとした。

 [3]は、獣医師がインスリンの投与を怠ったために糖尿病に罹(かか)った血統書付きのペット犬が死亡した場合に、獣医師の不法行為責任を認めた。

 [4]は、本件原審判決であり、原因解明の検査結果で白血球数が異常数値を示したことが判明した時点で、適正量のステロイド剤を投与する義務、高次医療機関に転医させる義務があり、その義務に違反していたとして、不法行為の成立を認め、治療費、慰謝料合わせて約40万円(慰謝料20万円)を認めている。

 [5]は、子宮蓄膿症(ちくのうしょう)治療のための卵巣子宮全摘出、口腔内腫瘍治療のための下顎骨(かがくこつ)切除、乳腺腫瘍切除の3カ所の手術を同時に行った事案において、そのいずれも目的、必要性において、不適正、不適切であると判断するとともに、獣医師のペットの飼い主に対する説明義務違反を認めた事例である。

参考判例

  1. [1]東京地裁平成3年11月28日判決、 『判例タイムズ』787号211ページ
  2. [2]大阪地裁平成9年1月13日判決、 『判例時報』1606号65ページ、『判 例タイムズ』942号148ページ
  3. [3]東京地裁平成16年5月10日判決、 『判例時報』1889号65ページ、『判 例タイムズ』1156号110ページ
  4. [4]横浜地裁平成18年6月15日判決、 『判例タイムズ』1254号216ペー ジ(本件原審)
  5. [5]東京高裁平成19年9月27日判決、 『判例時報』1990号21ページ