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[2010年10月:公表]

インターネットによるFX取引のロスカット義務

 本件は、インターネットによる外国為替証拠金取引(FX取引)を行っていた消費者がFX取引業者に対して、業者がロスカット・ルール*1に従った手続きを怠ったため、証拠金の返還を受けられなくなり、損害を被ったと主張して、その賠償を求めた事案である。

 裁判所は、FX取引業者の債務不履行責任を認め、実際の差損金とロスカット・ルールが作動した場合の損金との差額に相当する賠償を命じた。(東京地裁平成20年7月16日判決)

  • 『金融法務事情』1871号51ページ
  • 請求一部認容、控訴・和解

*1:有効証拠金額が設定されている維持証拠金額を割り込んだ時に建玉を決済するルール(いわゆる「損切り」を行う)


事件の概要

原告X:(消費者)
被告Y:(FX取引業者)

 X(昭和40年生まれの主婦)は、平成19年4月24日、Yとの間で、FX取引用の口座を開設した。

 本件取引は、Xが、各取引に当たり建玉の総額の1%相当額(必要証拠金額)の証拠金を預託して建玉を建て、任意の時点で当該建玉を反対売買することにより決済し、そこで生じる為替差益・差損金の授受を行うものである。

 Xの受け取った外国為替証拠金取引説明書と外国為替証拠金取引約款には、本件取引においては、有効証拠金額が維持証拠金額(必要証拠金額の25%相当額)を割り込んだときには、Yはロスカット手続をとること(ロスカット・ルール)が記載されていた。

 Xは、9種類の外貨について合計36億3018万2000円の買建玉があったところ、平成19年7月27日午前2時28分当時(本件ロスカット時)、Xの証拠金は8151万5940円、必要証拠金額は3630万1820円、維持証拠金額は907万5447円であったが、値洗い*2により生じた評価損が7335万8000円になったため、有効証拠金額が815万7940円となり、維持証拠金額を割り込んだ。

 しかし、本件ロスカット時においてYのコンピューターに対するアクセスが急増したためシステムが作動せず、Xの建玉が遅延して決済された。

 Xは、Yに対し、本件取引においては維持証拠金額約907万円相当の証拠金が残ったはずであるとして、その返還を請求した。しかし、Yは、証拠金は残らず、むしろ1000万円を超える不足金が生じているとして、Xの請求を拒絶したため、Xが提訴した。

 裁判では、ロスカット・ルールに従って決済するのはYの義務であるのか、義務であるとした場合には無条件でその時点の為替レートで決済しなければならないのか、それともカバー取引の成立を条件とすることができるのか、そして、コンピューター・システムの不具合による損失についての免責約款の有効性などが争点となった。

 なお、カバー取引とは、業者の損失をヘッジするための取引である。FX取引は、業者との相対取引なので、顧客と業者の利益は相反する。このため、業者は常に破綻の危険にさらされることになる。そこで、業者が他の業者に顧客の注文と同様の注文を出し、その取引が成立することを条件として顧客との取引を成立させるという方式がとられる。これがカバー取引である。カバー取引が完全に行われると、法的に見ると業者の自己売買でありながら、経済的に見ると取次ぎと同様になる。

*2:建玉を時価で評価し直すこと



理由

争点1 Yはロスカット・ルールにより決済の義務を負うか

 本件取引は、必要証拠金額がXの建玉の総額の1%相当額に設定されていることから、Xが預託した証拠金の100倍相当額の建玉を運用することを可能とするものであり、為替レートの変動によっては、Xに瞬時にして莫大(ばくだい)な損失を与える危険性を有することに照らせば、ロスカット・ルールの顧客を保護する機能は、本件取引において、極めて重要な役割を担っていたということができる。

 それに加えて、説明書等には有効証拠金額が維持証拠金額を割り込んだときには、Yがロスカット手続を取る旨の記載があるうえ、一般に、ロスカット手続の条件は、FX取引を行おうとする者が同取引の相手方を選択するうえで、重要な関心事と推認される。

 そして、そのことに照らせば、本件取引において、Yがロスカット手続に着手する義務を負うことは、Xのみならず、Yにおいてもこれを前提としていたといえるし、Xのロスカット・ルールへの期待は合理的なものとして法的な保護に値するということができる。

 したがって、Yは、有効証拠金額が維持証拠金額を割り込んだときにロスカット手続に着手しなければならない義務を負っていたと解するのが相当である。

争点2 ロスカット時の為替レートで反対売買を成立させる義務の存否

 しかしながら、本件取引が相対取引であることから直ちに、XとYとの売買の成立について、Yとヘッジ先とのカバー取引の成立という条件を付すことが禁じられるものではなく、このような条件を付すこともその旨が契約内容とされている限りにおいては許容されるものと解される。

争点3 決済遅延による損害と免責約款

 本件コンピューター・システムの不具合は、同システムの通信回線使用量が限界を上回ったこと、そのためサーバーに負担がかかったことを原因とするものであり、Yが本件ロスカット時において用意していたコンピューター・システムは、その取引環境に照らして、不十分なものであったといわざるを得ない。

 本件免責約款は、消費者契約法8条1項1号、同項3号に照らせば、コンピューター・システム、通信機器等の障害により顧客に生じた損害のうち、真に予測不可能な障害やYの影響力のおよぶ範囲の外で発生した障害といったYに帰責性の認められない事態によって顧客に生じた損害について、Yが損害賠償の責任を負わない旨を規定したものと解するほかはない(本件の場合、Yの責に帰すべきものと認められるから、免責約款の適用はなく、Yは免責されない)。



解説

 FX取引とは、総取引金額に対する一定割合の証拠金を担保として行う外国通貨の売買取引であり、顧客の指示により、通貨の売戻しまたは買戻しによる差益・差損の決済等を行う取引である。業法のすき間取引として被害が社会問題化し、平成16年の金融先物取引法で規制対象となり、平成18年の金融商品取引法に引き継がれた。電話・訪問勧誘が禁止され(ただし、金融商品取引法では取引所で行われる場合はこの適用除外となっている)、不当勧誘等の被害は激減した。

 しかし、FXそのものは、インターネット取引で増加しており、業者が取引の増加に対応しうるだけのコンピューター・システムを整備していないことによるトラブルが目立つ。具体的には、注文を出したものの約定までに時間を要し、その間に急激な為替変動が生じて、損失が拡大してしまったとか、本件のようなロスカット・ルールが作動しないなどである。

 商品取引も証拠金を商品取引員に預託して、その10倍ないし30倍程度の取引を行うものでFX取引と類似しており、商品先物取引においてもロスカットすることができる制度が行われている。

 しかし、商品取引は取引所取引であり、一日の値動きが制限されるストップ安・ストップ高制度があることから、決済したくても決済できない事態が比較的頻繁に起こる。こうした場合、決済できなくても業者の負担にはならないという制度となっている(なお、商品取引所法を大幅に改正する商品先物取引法の施行が平成23年1月頃と見込まれており、店頭商品先物取引のほか新たな制度が導入されるので、注意が必要である)。

 FX取引の場合、倍率が自由に決定でき、本件のように100倍のものや最高600倍という倍率まで登場した。このような高いレバレッジの場合には、ロスカット・ルールがいわば生命線となるほどの重要性を持つ。

 そこで金融庁は、金融商品取引業等に関する内閣府令を改正し、まずロスカット・ルールを義務づけた(平成21年7月3日公布・8月1日施行。同府令123条21号の2、21号の3。平成22年2月1日から既存業者も含め全面適用)。さらに、レバレッジを25倍以内に制限した(平成21年8月3日公布・平成22年8月1日施行。同府令117条7項・8項。ただし、経過措置により、同23年7月末までは50倍である。附則2条)。



参考条文

民法709条、消費者契約法8条1項・3項



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