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[2006年8月:公表]

介護費用保険金請求につき、長期間経過後の再発が責任開始前発病とされなかった事例

 本件は、被介護者の要介護状態に至る原因となった事由が、介護費用保険の契約前に発症していた高血圧性脳出血の長期間経過後の再発であった場合に、介護費用保険金の請求について、保険会社に責任開始前発病を理由とする免責を認めず、被保険者による請求を認容した事例である。(大阪地方裁判所堺支部平成16年8月30日判決)

  • 『判例時報』1888号142ページ
  • 確定

事件の概要

X:消費者
Y:保険会社

 X(契約当時66歳)は、平成8年11月15日、Yとの間で、Xを被保険者とする「介護費用保険契約」を締結した。この契約では、Xが要介護状態になったときは、医療費用、介護費用保険金などが支払われることになっていた。

 Xは、平成13年10月20日、単身赴任先のマンション内で意識不明の状態で倒れ、近くの病院に運ばれて入院し、左上下肢完全麻痺(まひ)、右上下肢不全麻痺で寝たきりの要介護状態になった。そこでXの成年後見人はYに対し、平成13年10月20日から平成15年3月31日までの介護保険金128万9623円を請求した。これに対し、Yは、Xの要介護状態の原因となった事由である高血圧性脳出血は、平成2年7月に発症しているから、「保険期間開始前に要介護状態の原因となった事由が生じた場合」に該当するとし、免責を主張して支払いを拒絶した。そこでXは訴えを提起してこれを請求し、訴え提起後の給付金58万8,946円について請求を拡張した。



理由

 本判決は、次のように判示してXの請求を認めた(一部棄却となっているのは、請求を拡張した分についての遅延損害金の起算点の違いによる)。

 まず、平成2年の脳出血と平成13年の脳出血が、脳血管の中膜筋細胞の壊死(えし)という病変を共通の基礎とすることは否定されず、平成13年の出血は、高血圧性脳出血すなわち高血圧を原因とする脳出血という意味において、平成2年の出血の再発であると評価できる。

 しかし、本件契約において、「保険期間開始前に、傷害、疾病その他の要介護状態の原因となった事由が生じた場合」に保険者を免責するとされているのは、傷害、疾病その他の要介護状態の原因となった事由が、保険期間開始前に生じている場合には、保険期間中に保険事故すなわち要介護状態が生じる蓋然性(がいぜんせい)が高いため、このような場合にも保険金の支払いを受けられるとすれば、保険制度の趣旨、すなわち、不確実な危険にさらされた者が、危険率に相応した保険料を負担することにより形成された備蓄から、保険事故が発生した場合に支払いを受けるという趣旨に反するからである。そうすると、要介護状態の発生を保険事故とする本件契約において、「傷害、疾病その他の要介護状態の原因となった事由」とは、傷害、疾病その他これらに準じる事由であって、かつ、要介護状態を生じる蓋然性が高い事由をいうと解するのが相当である。

 ところが本件では、平成2年の出血の約1カ月後には、CT検査で出血の吸収が確認され、右視床部を含めて、脳血管について特に病変は指摘されていなかったこと、血圧管理のため高血圧症の治療を継続する必要があったものの、ろれつや上肢のしびれは回復し、評論家ないし大学教員として活動するなど社会復帰をとげていたこと、保険期間開始までに「左被殻出血としては治療した」と主治医から診断されていること、高血圧性脳出血において再出血はまれではないが、それでも10%程度、年2%にとどまっていることが認められるのであり、平成2年出血は「疾病」ではあるものの、要介護状態を生じる蓋然性が高い疾病であるとまではいえない。したがって、「傷害、疾病その他の要介護状態の原因となった事由」ということはできないというべきである。



解説

保険業法2条・3条の定義によると、保険は次のように分類される。

  1. (1)人の生死に関して一定額の保険金を支払う生命保険
  2. (2)一定の偶然の事故で生じる損害をてん補する損害保険
  3. (3)傷害・疾病・介護保険等の第三分野

 このうち、損害保険や生命保険の分野では多数の判決が出ているが、第三分野についての判決はまだまだ多くはなく、保険会社に対する請求が認められた判決も数例にとどまる。また、第三分野についての判決の多くはモラルリスクを問題としており、保険金の不正請求かどうかが実質的な争点となっている。これに対して、本判決は、長期間経過した再発について保険金支払いの免責が認められなかったという内容であり、類似判決がないばかりでなく、契約者・被保険者からの請求が認容されたという意味でも、貴重な先例である。

 なお、保険契約締結前の疾病は、告知義務との関係において問題とされることもある。しかし、本件契約において、被保険者が責任開始期前に発病していた場合に保険会社を免責することは約款上定められており、この免責事由に該当する場合、保険会社は、告知義務の有無とは別に免責されることとなる。

 第三分野において、被保険者からの請求が認容された判決としては、本判決のほか、参考判例(1)(2)(3)がある。このうち参考判例(1)(2)の事案は、廃疾(高度障害)保険金の支払いを定めた定期保険特約の特約期間内に脳出血により遷延(せんえん)性意識障害・右片麻痺の廃疾状態に陥った被保険者が、特約期間経過後に死亡し、相続人から保険会社に廃疾保険金の請求をしたところ、保険会社が、以下の理由により、その支払いを拒絶したというものである。すなわち、保険会社は、廃疾保険金制度の趣旨が、被保険者が廃疾状態となったときは、就業ができなくなり、日常生活について特別の費用を要することになるので、加入者に何らかの便宜を提供しようということにあることから、廃疾保険金の支払いのためには、被保険者が廃疾状態で生存しているか少なくとも相当期間生存が見込まれる状態であることを要すると解すべきと主張した。

 これに対し、参考判例(1)は、約款によると廃疾保険金が支払われるのは「被保険者が責任開始時以後の傷害または疾病を原因として保険期間中に廃疾状態に該当したとき」であるから、被保険者の相当期間の生存等を前提としていると読むことは困難であるとして保険金の請求を認めた。参考判例(2)はその控訴審判決であり、保険会社の控訴を棄却し、確定した。
 参考判例(3)は、本件と同じく、責任開始前発病を理由とする保険会社の免責の可否が問題となった事案である。同事案において、契約前にすでに発症していたという事実は、契約後の高度医療検査によって、初めて明らかとなった。契約前の発症が認定された以上、保険金支払いの要件が備わっているとはいえない。しかし、消費者が、この事実が判明する以前に保険金請求を行わなかったのは、保険会社の担当支部長のアドバイスに従ったからであったという事情の下では、保険会社の支払拒絶は信義則違反に当たる。大阪高裁は、このように判断し、結論として保険金支払請求を認容した。

 なお、参考判例(4)は、脳梗塞(こうそく)・心筋梗塞を発病した消費者が、特定疾病保障定期保険契約に基づき保険金支払を請求したところ、同消費者が、本件契約以前から高血圧等の診断を受け、その治療を続けていたことから、責任開始前発病を理由に支払拒絶されたという事案である。同事案について、名古屋地裁岡崎支部は、特定疾病保障定期保険契約の約款に定める「責任開始時以後の疾病」の「疾病」とは、急性心筋梗塞または脳卒中と因果関係のある原因疾病も含まれると解するのが相当であるとし、責任開始期前において、すでに原因疾病(危険因子)である高血圧等の症状が認められる場合、約款の解釈上、支払い事由を満たさないと判断した。

 上述のとおり、本判決は、契約前から高血圧の治療を継続し、契約6年前には高血圧性脳出血も発症していた被保険者について、こうした事由は「要介護状態を生じる蓋然性が高い事由」とはいえないとして、責任開始前発病を理由とした保険会社の免責を認めていない。すなわち、参考判例(4)との比較において、本判決は、契約開始期前における疾病(危険因子)が要介護状態の原因となったことに加え、この疾病が要介護状態を生じることの高度の蓋然性まで立証しなければ、保険会社の免責が認められないことを明らかにした点に、大きな意義が認められると考えられよう。



参考判例

  1. (1)大阪地方裁判所平成12年6月16日判決(『判例時報』1752号147ページ)
  2. (2)大阪高等裁判所平成12年10月31日判決(『判例時報』1752号145ページ)
  3. (3)大阪高等裁判所平成16年5月27日判決(『金融・商事判例』1198号48ページ、その判例の解説は、2005年8月掲載分
  4. (4)名古屋地方裁判所岡崎支部平成10年6月2日判決(判例集未登載)


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