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現在の位置 : トップページ > 困った時のヒント > くらしの判例集 > 債務者の事業が再建不能にあることを知らずに締結された連帯保証契約について錯誤無効が認められた事例
[2006年3月:公表]
本件は、中小企業が金融機関から融資を受けるに当たり、親戚に連帯保証人となってもらったが、同企業は、融資の時点ですでに事実上破綻状態にあり、融資後まもなく破産したという事案において、こうした事情を知らなかった連帯保証人の錯誤無効の主張が認められた事例である。(東京高等裁判所平成17年8月10日判決〈確定〉『金融・商事判例』1226号15ページ)
X:金融機関(債権者)
Y:消費者(連帯保証人)
A社:主たる債務者
B:A社の代表取締役
C:Bの妻で、A社の会計・経理担当取締役
A社はBを代表取締役、その妻Cを会計・経理担当取締役とする中小企業であったが、取引先の経営不振の影響で次第に受注量が減少し、借入金で運転資金を賄うようになっていった。A社は、平成7年頃から、商工ローンからの借り入れでしのぐようになり、平成9年7月頃からは、ノンバンク等への返済のために、システム金融(注)からも借り入れを繰り返す事態に陥った。平成10年9月に、A社の経営はいよいよ行き詰まり、その時期に金融安定化資金融資の話を聞き、10月に市商工課を通じてXに融資の申し入れをした。
Xの担当者は、A社の経営状態からして融資案件として取り上げることは困難であることと、融資審査には時間がかかる旨をCに伝えた。BおよびCは信用保証を受けるため、信用保証協会を訪れ、「高利借り入れは商工ローン会社以外ないか」との質問に対して、「ない」と答えた。
信用保証協会から不動産担保の条件付でないと融資は無理との連絡を受けたXは、BおよびCに不動産の担保が必要である旨を伝えた。これを受けて、BおよびCはCの義兄であるY宅を訪れ、不動産を担保に提供し連帯保証人になってくれるよう頼んだ。Yは当初断ったものの、「ここでがんばればうまくいくようになるから助けてくれ」と言われ結局同意をしたが、システム金融からの借り入れのことは聞かされていなかった。
信用保証協会は保証金額を2500万円とすることをXに伝え、12月11日にXからA社に2500万円の融資が行われた。しかし、当時システム金融からの借入金だけで約1100万円あり、また、融資された金額も当初当て込んでいた3000万円から2500万円に減ってしまったことから、返済資金としても不十分になり、A社はますますシステム金融やノンバンク等から借り入れるようになった。平成11年に入ると、A社はシステム金融やノンバンク等への返済に追われて仕事にならなくなり、4月7日には2回目の手形の不渡りを出し銀行の取引停止処分を受け、6月13日には、負債総額1億3240万3085円で破産宣告を受けた。
XはYへ保証債務の履行請求を行い、それに対して、Yは錯誤無効などを主張してこれを争った。原審判決はYの主張をすべて排斥しXの請求を全面的に認容したため、Yが控訴した。本判決ではYの錯誤無効の主張を認め、Xの請求を全面的に否定したものである。 注 システム金融:主に中小企業向けにファクスやダイレクトメールで融資の勧誘を行い、手形・小切手を郵送させるだけで融資をするヤミ金融業者の一種。
裁判所は、A社の資金繰りの切迫した状態は、融資を求められたXにおいて「その調査により容易に見抜くことのできる状況にあった」と認定した。そのうえで、錯誤無効について以下のように判示した。
A社は、本件融資が検討されていた時点において、事実上破綻状態にあり、必要な返済資金に満たない融資では早期の倒産が不可避であったから、本件保証契約締結の時点で、すでにYが現実に保証債務の履行の責を負うことはほぼ確実な状況であった。そして、融資の時点で当該融資を受けても短期間に倒産に至るような破綻状態にある債務者のために、不動産を担保に提供したり連帯保証債務を負担しようとする者は存在しないものと考えるのが経験則であるところ、Yは、本件保証契約の締結の意思を確認された当時、71歳の高齢で子もなく、2500万円の支払い能力はなかったのであるから、もしYがA社の経営状態について前記のような破綻状態にあり、現実に保証債務の履行をしなければならない可能性が高いことを知っていたならば、唯一の土地建物を担保提供してまで保証する意思はなかったものと認めるのが相当である。したがって、Yは、A社の経営状態が前記のような破綻状態にあるものとはまったく認識せずに、本件保証契約の締結に応じたものというべきであり、本件保証契約にはその動機に錯誤があったことは明らかである。
民法上、動機の錯誤によって契約が無効となるのは、この動機が表示されている場合に限られるところ、およそ融資の時点で破綻状態にある債務者のために保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから、保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは、保証しようとする者の動機として、一般に、黙示的に表示されているものと解するのが相当である。加えて、Yは、なんらA社と取引関係のない情義的保証人であり、高齢かつ病弱で、担保提供した自宅が唯一の財産であり、このことはXも調査により認識していたものである。さらに、Yは容易には承諾をせず、YはXの担当部長に「この会社は大丈夫ですか」と確認したところ、担当部長から、「大丈夫です」との返答があったので、これを信じて、保証をすることを決断したのであるから、A社が破綻状態にはないことを信じて保証するのだという動機が表示されていることは明らかというべきである。
本判決は、主債務者が破綻状態にあることを知らずに保証契約をした保証人を保護したことで、注目される判決である。保証も、抵当権設定などと同じように担保取引と考え、また、「契約は守られなければならない」といった取引原理で規律する判決が少なくない中、「Yは、なんらA社と取引関係のない情義的保証人であり、高齢かつ病弱で、担保提供した自宅が唯一の財産」であることを考慮しつつ、保証人に特別の保護が与えられるべきことを認めたことは高く評価できる。
保証人を保護する法的手段として、本判決は錯誤無効を認めている。原審判決が、「システム金融など高利の金融業者からの借り入れがないことを本件保証契約の条件とすることが、黙示的に表示されていたとも、前提とされていたともいうことはできない」として、動機の錯誤を理由に、簡単に保証人の主張を排斥したのとは正反対の解決をしている。
すなわち、「およそ融資の時点で破綻状態にある債務者のために保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから、保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは、保証しようとする者の動機として、一般に、黙示的に表示されている」と述べており、ここまで明言した判決は初めてである。
本判決は、これに加えて、Xは、本件融資に至る過程において、A社に高利金融業者から多額の借入金があることを疑う機会が複数回あり、かつ、その調査も容易であって、A社が破綻状態にあることを知り得たのに、あえてその調査を行わないまま、前記のような説明をしてYに本件保証契約を締結したのであるから、「本件保証契約が錯誤により無効とされてもやむを得ないものというべきである」と、債権者Xの責任をも認定しこれを補充的な説明に用いている。
また、「Xは、Yが保証契約の締結に際し、A社がシステム金融などの高利の借入れがないのか質問しなかったから重大な過失があると主張するが、Yが金融実務に疎い者であって、そのような事態に思い至ることを期待することは困難であると認められるから、そのような質問をしなかったことに重大な過失があるとはいえない」と認めている。たとえ、保証人に重過失があっても、債権者にも当然重過失が認められるので、債権者が民法95条〈錯誤〉のただし書き(重大な過失がある時は錯誤無効を主張することはできない旨)を援用することを認めるべきではない。
従来の判例は、主債務者が信用不安の状態にあることを保証人が知らなかった事案において、原則として、このような錯誤は動機の錯誤であり保護されないと判断してきた(例外として参考判例参照)。これを180度転換した本判決の判断が、今後裁判例として定着していくことが期待される。なお、平成16年に、民法の保証規定が改正され、保証人の保護が、金融機関を債権者とする貸金等債権の根保証については図られたが、保証否認や本件のような保証人の保護については立法の手当てはされていない。したがって、今後とも解釈によって保証人の救済が図られる必要があるが、立法がされなくても、保証人の保護が可能なことを示したのが本判決であり、保証をめぐって、保証人にも多様な者があり、情義的な保証人については、保証人保護に舵を切る必要があることに気がつけば、この本判決の方向への雪崩のような変更も予想されるところである。
主債務者が信用不安の状況にあることを保証人が知らなかった事例につき、錯誤無効を認めた判決として、
がある。