[本文へ] 消費生活・消費者問題に関する事例や対処方法を紹介しています。

現在の位置 : トップページ > 相談事例・判例 > 消費者問題の判例集 > 介護老人保健施設での転倒事故

[2005年9月:公表]

介護老人保健施設での転倒事故

 本件は、介護老人保健施設に入所中の95歳の女性が、自室のポータブルトイレの排泄物を捨てるために汚物処理室に赴いた際に仕切りに足を引っかけて転倒し負傷したという事故について、施設経営法人に対し、債務不履行および土地工作物の管理責任に基づき、537万2543円の損害賠償を命じた事例である。(福島地裁白河支部判決平成15年6月3日)

  • 『判例時報』1838号116ページ
  • 確定

事件の概要

X(原告):消費者
Y(被告):社会福祉法人(施設経営法人)

 Xは、事故当時95歳で介護保険等級上、要介護2に認定されていた女性である。XはYと、平成12年10月27日頃、介護老人保健施設利用契約を締結し(以下、本件契約という)本件施設に入所した。Xは、平成13年1月8日午後6時頃、本件施設ナースセンター裏のトイレに併設されている汚物処理場において、その出入り口に存在していた高さ87ミリメートル、幅95ミリメートルのコンクリート製凸状仕切りに足を引っかけ転倒した。Xは、本件事故により入院加療68日間、通院加療31日間を要する右大腿骨頸部骨折の傷害を負った。事故後、下肢の筋力低下の後遺症が残り、一人で歩行することが困難となり、その後要介護2から3になった。本件事故による治療費は16万1570円、入院雑費は8万8400円である。

 Xは、本件事故の原因は、施設職員がポータブルトイレの清掃をしてくれなかったため、Xが自分で排泄物を捨てに行こうとして起こったもので、施設にはポータブルトイレを定期的に清掃する義務があるにもかかわらずこれを怠ったために起こったものであり、本件事故との間に相当因果関係がある。Yは身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設であるという特質上、入所者の移動等に際して身体上の危険が生じないような建物構造・設備構造等が求められる。ところが、本件処理場の出入り口には仕切りが存在し、下肢の機能が低下している要介護老人の出入りに際して転倒等の危険を生じさせる形状の設備であり、民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当するなどと主張し、治療費等のほか受傷慰謝料139万円、後遺障害慰謝料135万円、近親者の入院付添費、弁護士費用40万円など合計約1054万円の支払いを求めた。

 一方Yは、施設では要介護状態の入所者にはポータブルトイレの汚物処理は介護職員に任せ、自ら行わないように指導していたもので、もし清掃がされていなかったとしてもナースコールで依頼して処理してもらうことができたはずで、自分で処理する必要はなかった。事故との因果関係はなく、あったとしても過失相殺されるべきであると主張した。施設については、要介護者が出入りすることは予定されていない場所であった、と主張して争った。



理由

(1)債務不履行責任について
 Yには、本件契約に基づき、介護ケアサービスの内容としてポータブルトイレの清掃を定期的に行うべき義務があり、本件事故当日これがなされなかったこと、そのためXがこれを自ら捨てようとし、本件処理場に行った結果、本件事故が発生したことが認められる。Xが主張するとおり、居室内に置かれたポータブルトイレの中身が廃棄・清掃されないままであれば、不自由な身体であれ、老人がこれをトイレまで運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから、ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められる。

(2)民法717条の責任について
 本件施設は、身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設である特質上、入所者の移動ないし施設利用等に際して、身体上の危険が生じないよう建物構造・設備構造が特に求められているというべきである。にもかかわらず、現に入所者が出入りすることがある本件処理場の出入り口に本件仕切りが存在し、その構造は、下肢の機能の低下している要介護老人の出入りに際して転倒の危険を生じさせる形状の設備であるといわなければならない。これは民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当する。



解説

 平成12年4月からの介護保険法の施行に伴い介護サービスも措置から契約に移行することとなった。介護サービス契約に関して、要介護者がサービスを受ける際に転倒するなどしてけがをするなどの事故が発生するケースも生じている。その場合には介護サービス業者の法的責任が問題となり得る。しかし、これまでのところ、介護サービスによる事故についての判例はあまり見受けられなかった。本件は、このようなケースの中でも、介護老人保健施設における施設介護サービスの提供において、要介護者が施設内で転倒し骨折したことについて、施設の責任が問題となった事案である。

 事故の原因は、施設職員がポータブルトイレの清掃をしてくれなかったため、要介護者であるXが自分で排泄物を捨てに行こうとして起こったものである点には争いはなく、施設の介護上の義務違反があったか、また義務違反と事故の間の因果関係はあったか、が主な争点となったケースである。施設側では、施設では要介護状態の入所者にはポータブルトイレの汚物処理は介護職員に任せ、自ら行わないように指導していたと主張し、清掃がされていなかったとしてもナースコールで依頼して処理してもらうことができたはずで、自分で処理する必要はなかった、として、施設側の清掃がされていなかったという点に介護サービス上の義務違反があったとしても事故との因果関係はないと主張した。

 しかし判決では、「居室内に置かれたポータブルトイレの中身が廃棄・清掃されないままであれば、不自由な身体であっても、老人がこれをトイレまで運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから、ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められる」と判断した。生活の場所である施設において、からだの不自由な老人であっても少しでも快適に生活しようと考えて行動する人間としての行動を当然のものとして評価する姿勢で因果関係についての判断をしており、同種の事件にも参考となる。

 さらに、本件判決では、施設の形状についても、「身体機能の劣った状態にある要介護老人の入所施設であるから、その特質上、入所者の移動ないし施設利用等に際して、身体上の危険が生じないような建物構造・設備構造が特に求められている」との一般的な判断を示したうえで、本件は、民法717条の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」に該当するとした点も介護施設の設置・管理の一つの判断基準を示したものとして参考となる。



参考判例

  1. (1)名古屋地裁平成16年7月30日判決
    介護サービス業者の法的責任に関する判決として、嚥下障害のある老人が、特別養護老人ホームにおいて食事の介助を受けた際、のどを詰まらせて窒息死した事案で、施設設置者に不法行為上の損害賠償責任が認定された事例(判例集未登載)
  2. (2)東京地裁平成15年3月20日判決
    通所介護の事例ではあるが、デイケア送迎時の事故についての施設設置者の責任が認められた事例(『判例時報』1840号20ページ)
  3. (3)福岡地裁平成15年8月27日判決
    通所介護施設内での事故について施設責任者の責任が認められた事例(『判例時報』1843号133ページ、その判決の解説は、2004年10月掲載文へ)


消費者問題の判例集トップページへ

ページトップへ