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[2003年10月:公表]
本件は、猫の避妊手術において猫が死亡したことについて、獣医には過失があるとして、債務不履行または不法行為を理由に損害賠償義務が認められた事例である。(宇都宮地方裁判所平成14年3月28日判決 控訴<後和解> 判決文入手)
X:原告(消費者)
Y:被告(獣医)
A:Xの妻
B:死亡した猫を解剖した獣医
C:Bによる解剖の助手を務めた者
Xは平成8年11月にその所有の猫の避妊手術をY獣医に依頼したが、本件猫が手術の翌日に死亡した。本件猫は、アメリカンショートヘアー種であり、平成4年度の年間総合成績でアメリカンショートヘアー種日本第1位、全種でも第5位に入賞した実績のある当時5歳の雌猫であり、体重は4.5キログラムであった。
Xは、Yが誤って避妊手術の際に左右尿管を卵巣動脈と共に結紮(けっさつ。管をしばること)したことが、本件猫の死亡の原因であると主張して、債務不履行または不法行為を理由に、Yに対して損害賠償を請求した。Yは避妊手術の際に左右尿管を卵巣動脈と共に結紮したことを争う。
本件猫は、手術前、特に異常は認められず、元気な状態であった。本件手術では、片側の子宮角、卵巣をかぎ鉤で引き上げたが、本件猫が肥満であったため、左右の卵巣を体外に十分露出させることができなかった。そこで、Yは本件猫の体内で、結紮操作、卵巣切除手術を行った。本件手術には約40分かかっており、通常の手術の2倍の時間がかかっている。
本件猫は手術前には4.5キログラムであったが、死亡直後B獣医での解剖時には5.6キログラムと増加していた。本件猫が、手術後ほとんど尿を体外に排出することなく、Yが点滴等を行った水分がほぼそのまま体重の増加となって現れていることからして、本件手術により、腎臓を含めた尿の排出経路に何らかの異常が生じたと解するのが相当である。
手術の翌日Xの妻Aが本件猫をB獣医に連れてきたときには、本件猫は既に死亡していたが、Aが死亡の原因を知りたいというので解剖が行われた。開腹をすると中には多量の腹水があり、尿臭がした。ぼうこう膀胱には異常はなかったため、尿管をたどって確認していくと、左右の尿血管と絹糸で結紮されていた。そのため、Bは右側にあったものだけを切り取ってホルマリンにつけ、棚に施錠をして保管しておいた。解剖手術の助手をしたCの証言もほぼ同様である。
以上から、本件猫の死亡は、本件手術の際、Yが誤って左右の尿管を卵巣動脈とともに結紮したことにより生じたと解するのが相当である。これは診療契約上の注意義務に違反する行為であり、かつ、過失ある行為であり、Yは債務不履行責任および不法行為責任として、Xに対して損害賠償義務を負う。
(1)本件猫は30万円でブリーダーから購入したこと、その後入賞した実績を有すること、繁殖は考えていなかったことなどを総合して、本件猫の財産的価値は手術時点で50万円と解するのが相当である。(2)Xが家族の一員とも言うべく愛情を注いでいた本件猫が、Yのミスにより突如命を奪われたことに対する精精神的苦痛につき、慰謝料20万円をもって相当とする。(3)XがYに治療費として2万5500円を支払っており、解剖費用としてBに7000円を支払っており、3万2500円が損害として認められる。(4)Yの過失と相当因果関係が認められる弁護士費用として20万円をもって相当とする(合計93万2500円)。
本判決は、獣医過誤が問題とされた珍しい事例である。死亡が獣医の過失によって生じたことについては、(1)何も問題がなく健康な猫が手術の翌日に死亡しており、(2)死亡した猫について、直ちに解剖がされ、別の獣医により左右の尿管が結紮されていることが確認され、その部分をホルマリンにつけて保存されていたことなどから、獣医の過失そして因果関係が容易に認められている。
獣医の過失また因果関係が認められた事例として、犬の出産に際し、帝王切開手術を施し、子犬と母親が死亡した事例(参考判例(2))、犬の心臓に寄生している成虫を除去するための開胸手術の過程で、犬が死亡した事例(参考判例(3))、猫の出産の処置を依頼され陣痛促進剤を注射し、その後まもなく母猫および2匹の胎児が死亡したという事例(参考判例(4))がある。
猫の財産価値の算定については、本判決は、本件猫は入賞をしたことがあるが、繁殖を考えていなかったことから、死亡当時5歳の血統書つきの猫につき50万円と認めた。判例としては、ボクサー種の血統正しい牡犬につき27万円位と評価した事例(参考判例(1))、犬の取得価格は3万円であったが、その死亡当時における客観的価格が確定できないとして、「その財産的損害および精神的苦痛に対する慰謝料として」合計金5万円を相当とした事例(参考判例(2))、死亡した母猫および胎児の父猫はアメリカ愛猫家団体からチャンピオンの認定を受けていた事例で、母猫30万円、胎児2匹合計40万円と算定した事例(参考判例(4))、死亡当時8歳前後の老犬期に入っており、血統書の存否がわからないポメラニアンにつき8万円とした事例(参考判例(5))がある。
本判決は、猫の死亡につき財産的損害の賠償とは別に、先例と比較すると高額といえる20万円の慰謝料が認容されている。
先例としては、財産損害については慰謝料請求ができないのが原則であるが、「被害者はたとえ畜犬の価額相当の賠償を得たとしてもなおふっしょく払拭し難い精神上の苦痛を受け」たとして、慰謝料3万円を認めた事例(参考判例(1))、犬が散歩中に他の犬に噛みつかれ死亡した事例で、かなりの精神的打撃を受けたことは首肯できるが、犬同士の本能的行動によることを考慮して慰謝料額は3万円が相当とした事例(参考判例(5))がある。これに対して、猫を「愛玩用としてではなく、商品として飼育して」いた事例で、慰謝料請求を認めなかった事例がある(参考判例(4))。