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[2003年1月:公表]

貸室契約の原状回復特約の解釈

 本件は、貸室の賃貸借契約条項中の「契約時の原状に復旧」という文言について、契約終了時の一般的な原状回復義務を規定したものであり、通常の使用による減価を賃借人が負担することを定めたものではないとした事例である。(大阪高等裁判所平成12年8月22日判決)

  • 判例タイムズ1067号209ページ
  • 破棄差し戻し(後和解)

事件の概要

X:原告(上告人、本件貸室の賃借人)
Y:被告(被上告人、本件貸室の賃貸人)
A:本件賃貸物件の仲介業者

 Xは、平成8年3月18日、Yから本件物件を一ヵ月当たり12万5000円で賃借する賃貸借契約を締結するとともに、敷金を37万5000円とする旨を合意した。

 この契約書の21条には「Xは、本件契約が終了したときはXの費用をもって本件物件を当初契約時の原状に復旧させ、Yに明け渡さなければならない」との規定があった。

 また、Xは、本件契約を仲介したAから覚書を受領し、これに署名・押印したが、この覚書には「本物件の解約明け渡し時に、Xは、契約書第21条1項により、本件物件を当初の契約時の状態に復旧させるため、クロス・建具・畳・フロア等の張り替え費用および、設備器具の修理代金を実費にて清算されることになります」との文言が記載されていた。

 さらに、Xは、Aから、本件賃貸借契約および本件合意に関する事項の説明等を記載した書面が入ったビニール袋を受領したが、この中には、本件賃貸物件を明け渡した後に必要となる修理費用等に関し、本件賃貸物件のような2LDKの物件では、通常、30万円から60万円程度を要する旨を説明した「確認覚書事項」と題する書面が入っていた。

 本件賃貸借契約は平成10年7月30日に期間が満了し、Xは本件賃貸物件を明け渡し、Yに対し、本件敷金契約に基づく返還請求として、内金24万4600円およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。

 これに対して、Yは、本件賃貸物件には畳やクロス等に汚損があり、これを原状に復旧させるため、合計48万2265円の費用を支出したから、これをもって相殺すると抗弁し、反訴として、Xに対し修理費用残額等11万6565円および遅延損害金の支払いを請求した。

 一審と原審は、通常の使用による損耗汚染をもXが負担する特約があったとして、原状回復の費用はすべてXの負担になると判断したので、Xが上告した。



理由

 1.建物の賃貸借において、特約がない場合には、賃借人は賃貸物の返還に際し、その負担で、賃借物を賃貸借契約当時(正確には賃借に際し、引き渡しを受けた当時)の原状に戻す義務がある。

 その原状回復の限度は次のように考えられる。

 すなわち、(1)賃借人が付加した造作は、賃借人が取り除かなければならないし、(2)賃借人は、通常の使用の限度を超える方法により賃貸物の価値を減耗させたとき(例えば、畳をナイフで切った場合)は、その復旧の費用を負担する必要がある。  しかし、(3)賃借期間中に年月が過ぎたために、強度が劣化し、日焼けが生じた場合の減価分は、賃借人が負担すべきものではないし、(4)賃貸借契約で予定している通常の利用により賃借物の価値が低下した場合(例えば賃貸建物に付けられていた冷暖房機が使用により価値が低くなったときや、住宅の畳が居住によりすり切れたとき)の減価分は、賃貸借の本来の対価というべきものであって、その減価を賃借人に負担させることはできない。

 2.右は、特約のない場合の原則であるから、右1の原則を排除し、通常の利用による減価も賃借人が負担すべきとする特約が本件であったかが問題である。

 本件契約書21条1項の文言は、「契約時の原状に復旧させ」というものであるから、契約終了時の賃借人の一般的な現状回復義務(つまり、右1の内容のもの)を規定したものとしか読むことはできない。右契約条項には、賃借人が通常の使用による減価も負担する旨は規定していないから、そのような条項と考えることはできない。

 本件覚書は、右契約書の21条を引用しているから、右契約条項を超える定めをしたとはいえない。その後段部分は、賃借人が費用を負担すべき場合(例えば、賃借人が畳をナイフで切った場合)の清算方法を定めたものに過ぎず、右契約条項を超えて通常の使用による減価まで賃借人が負担すると定めたとは解されない。

 また、本件確認覚書事項は賃借人によって同意されたものではないから、それだけで特約があったとすることはできない。

 賃貸人としては、通常の使用による減耗も賃借人の負担で修復したいのであれば、契約条項で明確にそのように定めて、賃借人の承諾を得て契約すべきものである。原判決認定のような条項では、Y主張のような特約があったとすることはできない。



解説

 本件は、建物賃貸借契約において、畳やクロスの汚れその他の原状回復の費用はすべて賃借人の負担となるという特約があったかどうかが争われた事例である。

 これまでの判決には、「入居後の大小修繕は賃借人がする」との条項は、賃借人が賃借家屋を賃借当時と同一状態で維持する義務があるとの趣旨ではないとするもの(参考判例(1))、「小修理は賃借人の負担において行う。賃借人は、故意過失を問わず、本件建物に毀損・滅失・汚染その他の損害を与えた場合は、賃貸人に対し賠償義務を負う」との条項は、通常の使用による損耗・汚染の損害を賃借人が賠償または負担することを定めたものではないとするもの(参考判例(2))があるが、他方、賃借人がふすまの張り替え、畳表の取り換え、クロスの張り替え、ハウスクリーニングの費用を負担する特約が結ばれた場合に、この特約条項は公序良俗に反するものとは認められないし、特約の文言解釈上、自然損耗分を含まない趣旨であると解釈するのも困難であり、当事者双方において本件特約条項を限定的に理解して契約を締結したという事情も認められないから、この特約条項は文言どおりの拘束力を持つとしたものもある(参考判例(3))。

 賃借人は賃貸目的物について善管注意をもって保管する義務を負い、これに違反すれば損害賠償責任を負うが、自然損耗は目的物に必然的に伴うものであり、賃借人の負担とする理由はなく、賃借人がこれを負担する特約に拘束される意思があるとみることはできないのが普通である。

 賃貸物件が天災・火災・地変その他の災害により通常の用に供することができなくなったときは敷金の返還はされないとする建物賃貸借上の特約は、賃借人に不利なもので、賃借人が承認するようなことは経験則上一般には考えられない例文であるとした判決があるが(参考判例(4))、このような解釈を通して特約の効力を否定するべきであろう。

 本判決は「賃貸人としては、通常の使用による減耗も賃借人の負担で修復したいのであれば、契約条項で明確にそのように定めて、賃借人の承諾を得て契約すべきものである。原判決認定のような条項では、Y主張のような特約があったとすることはできない」としているが、このような特約があったとした上で(この点は、原判決と同様)、その特約は無効とする判断もあり得たと思われる。

 なお、消費者契約法施行後の事件であれば、本件のような賃借人に一方的に不利な特約は消費者契約法10条により無効となる可能性がある(賃貸人は、反復・継続して賃貸借を行っているから、事業者とみてよい)。



参考判例

  1. (1)最高裁判所昭和43年1月25日判決 判例時報513号33ページ
  2. (2)名古屋地方裁判所平成2年10月19日判決 判例時報1375号117ページ
  3. (3)東京地方裁判所平成12年12月18日判決 判例時報1758号66ページ
  4. (4)大阪地方裁判所平成7年2月27日判決 判例時報1542号104ページ(敷引特約の効力を否定した事例)


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