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[2000年8月:公表]

近視改善手術と説明義務

 本件は、近視矯正のための手術を受けた患者に手術の効果がなく後遺症が残ったケースについて、担当医師が手術の内容およびその危険性の程度を説明しないままに手術の承諾を得たことが説明義務違反にあたるとして担当医師に対する損害賠償責任が認められた事例である。(岡山地方裁判所平成10年4月22日判決)

  • 判例時報1672号100頁
  • 控訴

事件の概要

X :原告(消費者)
Y1:被告(担当医師)
Y2:被告(Aの代表取締役)
Y3:被告(Y1が勤務する眼科を直接運営していたとXが主張する有限会社[判決ではこの主張は認められなかった])
Y4:被告(Y3の代表取締役)
A:関係人(実質上の経営会社。エステを経営してたが医師法違反容疑で摘発された)
B:関係人(本件医院の従業員)

 Y1は、大学院卒業後内科病院に勤務し、平成二年三月、Aの美容外科担当医募集の求人広告を見て応募し、平成三年四月からAが経営する本件眼科医院(近視矯正手術であるラジアルケラトトミー[RK手術:放射状角膜切開術]を専門に行うためにこの時Y1を開設者として新たに開設された眼科医院)に勤務することとなった。Y1医師は、台湾でRK手術の研修を受けているが、日本眼科学会認定の専門医でなく、また眼科の臨床については、大学院時代(大学院では病理学を専攻した)のアルバイト先に眼科があった関係で興味を持ち、そこに来ていた専門医の診療の補助をしたくらいで、眼科の基礎知識についても自分で教科書を読んで修得した程度である。

 本件眼科医院では、近視矯正法としてRK手術が優れていることを強調した広告を、タクシーの中で配布されるパンフレットや各地のミニコミ誌、新聞等を通じて行っていた。例えば、RK手術によれば近視を簡単かつ安全に回復させることができるかのような内容の広告を行っていた。

 Xは、中学時代から眼鏡を使用し、コンタクトレンズを使用したこともあったが異物感があってなじめず、コンピュータの電子回路の設計や組立を業とする会社を経営し、自ら回路のハンダ付けなどの仕事をしているが、夏季など作業中に汗で眼鏡がずれたりして不便を感じていたところ、平成三年九月ころ、職場に配布された新聞に掲載されていた本件医院の広告を見てその内容に興味を持った。

 本件医院に電話したところ、手術を受けるか否かは別として、検査を受けに来診するよう言われたため、検査目的で受診することにした。平成三年九月、Xは、本件医院を訪れ、視力検査、眼圧検査、眼底検査及び尿検査を受けた後、Bからカウンセリングを受けた。その際、Bは、Xに対し、「検査の結果、RK手術は可能であり、簡単な手術である」「手術をすれば、十倍視力が回復する」「アメリカで三十万例が実施されているが、手術の失敗例は全くない」などと言って、RK手術が失敗のない安全な手術である旨説明し、さらに「三ヶ月から六ヶ月先まで予約が一杯で、今手術しなければ、いつ手術ができるか分らない」「今日、九州から来る予定の人が来られなくなったので、空きがある」などと言って、直ちにRK手術を受けるように勧めた。

 その結果、Xは、手術を受けるなら早いほうがよいと思い、RK手術を受けることを承諾。同日、Y1医師の執刀で手術を受けた。

 Xは、上記手術を受けた結果、乱視がひどくなるなど症状が悪化したため、この症状改善のため以後二回の手術を受けた。しかし、三回にわたる手術にもかかわらず効果がないばかりでなく、スターバースト症状(例えば、夜間車のヘッドライトのような強い光を見た場合、その光が放射状に飛び散るように見える症状)などの後遺症がみられるようになったため、担当医師Y1、当眼科の実質的経営者であったAの代表取締役Y2、当眼科を直接経営していた有限会社Y3(判決では、当眼科の直営を認めるに足りる証拠はないとして、Xの主張を認めなかった)、同社の代表取締役Y4に対して、杜撰な手術により損害を被ったとして逸失利益と慰謝料等合計一千七百二十七万円の内金一千万円の損害賠償を求めた。



理由

医師は、患者の生命及び身体の健康の管理を目的とする医療行為を行う立場にあり、右医療行為を的確に行うには、患者は医師に対し正確な症状を伝え、医師は患者に対し診断・療養等につき説明指導することが必要となる。

 とりわけ医師が患者に対し、手術等の医的侵襲を加え、そのため生命・身体等に重大な結果を招く危険性の高い場合には、その重大な結果を甘受しなければならない患者自身に手術を受けるか否かについて最後の選択をさせるべきであるから、医師は説明義務の免除される特別の事情のない限り、その手術の目的、内容、危険性の程度、手術を受けない場合の予後等について十分な説明を行い、その上で手術の承諾を得る義務があるものというべきである。具体的事案において、医師が患者に対し、どの程度の説明をすれば説明義務を履行したことになるかは困難な問題である。

 これを本件についてみるに、近視の治療法であるRK手術は他の医療行為と比較して、直ちに行うべき緊急性や必要性に乏しく、手術結果と患者の主観的願望とが一致することが強く求められること、RK手術は、合併症や後遺症が発生する危険性があり、しかもXが手術を受けた平成三年九月当時は、一般の眼科医の間においても、近視の治療方法として適切な手術方法であるか否かについて批判的な見方もかなり支配的であったことを併せ考えると、少なくとも、Y1医師は、Xに対し、本件手術の目的、内容、危険性の程度(成功の見通し、視力回復の見通し)、手術を受けなかった場合のXの病状の予後等について十分な説明を行ったうえで手術の承諾を得る義務があったものといわなければならない。

 しかるにY1医師は、Xに対し、手術内容について具体的な説明をせず、また手術を受けなかった場合の予後についても何ら説明をしておらず、本件RK手術の危険性の程度に関しては一切の説明をしないで、Xの承諾を得たものと認めざるを得ない。してみると、Y1医師が説明義務を免れる特別の事情の認められない本件においては、Y1医師が説明義務を履行しなかったことにつき過失があるものといわなければならない。(認容額三百三十万円[慰謝料三百万円、弁護士費用三十万円])



解説

本件事件におけるRK手術が行われた平成三年当時には、一般の眼科医の間では、RK手術の安全性や有効性については批判的な見方もかなり支配的であるとみられていた。ところが、RK手術を専門に行うために平成三年に新たに開設された本件医院では、本件手術が安全で確実なものであり、完全に視力が回復するかのように誤認させる内容の広告を行って誘引し、手術の承諾を得る際にも、本件手術には種々問題点があることや合併症が生じる危険性があることなどを説明せず、むしろ安全性や効果の確実性を強調していた。そのため、手術により確実に視力が回復すると誤信して手術を受けた結果、乱視の悪化、スターバーストなどの合併症を生じた消費者が、一次的には、医院の開設者でもある担当医師Y1(本件眼科が営業廃止された後、同じ場所において、自らが開設者となった)と、実質上の医院の経営会社の代表取締役Y2、医師が勤務する眼科を直接運営していたとXが主張する有限会社Y3(判決では認められなかった)、及びその代表取締役Y4に対して一連の不法行為に基づく損害賠償請求を、二次的に担当医師の説明義務違反等による損害賠償を求めた事例である。実質的な経営会社であるAは、従来エステティックサロンを経営しており、入れ墨メイクを行っていたことについて医師法違反により刑事摘発されている。

 本件判決は、Yらの行ったRK手術が、広告内容・勧誘方法・手術内容・手術代金(七十万円)等を総合的に評価すれば全体として不法行為を構成するとする一次的な請求については、Y2以下が本件手術に具体的に関与したとは認められないこと、医師は診療にあたり用いる療法につき選択する裁量権を有しており、本件が裁量権を逸脱したものとまではいえない、などとして認めなかった。しかし、眼科医師の間でも近視改善のための効果について評価が分かれていたRK手術の実施については、手術の内容・危険性の程度を示した上で手術の承諾を得るべき注意義務があること、その判断において、緊急性・必要性に乏しい手術については、手術結果と患者の主観的願望との一致が求められるとし、二次的な担当医師の説明義務違反による不法行為責任を認めた。

 しかし、当時の医学会からの強い批判もあった手術について、確実な効果があるとの虚偽の広告を行って集客し、訪れた患者に対して虚偽の説明を繰り返して手術の承諾をあおるなどの手口についての不法行為を否定した点では、不十分であったというべきであろう。



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